以前から文字に起こしたかった「時間」について。

「今日は書きます!」と、

宣戦布告のような書き出しをする洗匠師です(笑)


皆さんの1日の時間は、24時間ですか?

いいえ!違います。という人は居ないでしょう。

気持ちの持ちようで20時間の人も30時間の人も居るかもしれませんが、時計が早く進んだり、遅くなったりしてるとしたら・・・時計の修理をおススメします。

僕が時間の概念に疑問を持ったのは、中学2年生の終わりの頃でした。

なぜ1日24時間しかないのか?1日の時間を増やす事は出来ないのか?
登下校の時も、授業中も真剣に考えたものです。(ちゃんと授業受けんかえ!w)
当時は、部活とは別に陸上競技の選手も掛け持たされ、受験、生徒会などの行事で1日が目まぐるしく過ぎていく、洗匠師激動の時代でした。

1日あと3時間あったら、きっと色んなストレスから開放される!どうやったら、1日24時間を27時間に延ばせるのか、それはそれは真剣に考えました。そして、当時僕が出した答えは・・・

①一度に2つの事をする
②移動は駆け足で時間を短縮
③睡眠時間を削る

①は、一つの事に時間を費やすのではなくて、2つの事を同時進行にすることで時間の効率を上げる。「登下校時の時間を利用し、暗記物を覚える」名づけて、二宮尊徳作戦!!

②は、通常徒歩での移動を倍速程度の駆け足で半分の時間を短縮する。
「廊下を走るな!!」と先生に言わせない、名づけて、競歩作戦!!

③は、通常8時間程度の睡眠時間を5時間にする。
「ただ寝てるだけなんてもったいない!」名づけて、オールナイトニッポンながら作戦!!

これで成績がみるみる上がって行ったので、先生方はビックリされていました。
頭はさほど良くもなく、今と変わらずのお調子者だったんですけどね。

1日24時間という長さは万人に平等である。生まれれば必ず死ぬ、これも万人に平等である。
平等という言葉は、成長を妨げる「ブラックワード」だと、15歳の少年は気付いたのです。
平等と言われるものは、みんな平等という感覚でしかなくて、平等じゃないと思えば何か違う事が見えてくるんじゃないか?そんな風に思ったもんです。可愛くないw

時間は見直せば必ず解決策があります。
「これ以上は無理なんです!」という人が居る。そういう人ほど無駄な時間があるもんです。
だけど、そういう人に物事を頼んではいけません。何故なら、「鬱」になってしまうからです。
「鬱病」の本質は解明されています。でも言えない。色々うるさいから。
僕はどんな事があっても鬱病にはなりません。本質を知っているからなりたくてもなれないんです。

考えるという行為は、いろんな価値観を創造してくれます。新しい視点を教えてくれます。
ゲームやテレビばっかり見てると「気付きの世界への扉」は、自分の目前には表れません。

まずは、自分の24時間を考えてみてはいかがでしょうか?
結構、面白い事に気付いてしまいますよ。



親バカ・・・時代は変われど、「わが子が可愛くてしょうがない」という感情は薄れる事はない。

極々当たり前の感情であるし、大小はあれど子を持つ親は「親バカ」であるはずです。

ところが近年、「親バカ」ではなく「バカ親」が勢力を強めてきている。

子どもの喧嘩に顔を出し、何故うちの子を選手に選ばないのかと駄々をこね、挙句の果てには社会人になった子どもが欠勤する際、母親から電話が掛かってくる始末。

「ゆとり世代」

ゆとり世代とは、子どもたちには何の非もありません。
大人が勝手に作り上げた、システムに子どもたちは従っただけ。
と主張する「ゆとり世代」

それは違う。

詰め込み教育が子どもたちに「ストレス」を与え、自殺、非行に及ぶ数が年々増加した背景を受け(日教組の「日本人骨抜き構想」に政府がのっかっただけ)「ゆとり教育」が始まった。

何故かついでに、「親のゆとり」まで始まってしまった。

ここが一番の「問題」であり、国や法律が悪いのではなく、「バカな親」が悪いんです。

親が親の役割すら出来ず、ペットのように子どもを扱う事を「親の責務」だと勘違いしている「バカ親」が増殖。

躾を家庭内暴力と呼び、学校での指導を体罰として扱う。(行き過ぎた殴打は犯罪です)

スポーツ界でも、学校現場でも「精神論」を古臭い思想と言い、危険思想と揶揄する人も居る。

「耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ」

この精神論こそが、日本が世界と渡り歩ける最大の武器になる事を、人として本当の厳しさであり優しさであり、工夫を生む想像力を内在できる事を理解している大人は少なくなってきている。


僕は自分の子どもを、世界に誇れる気骨ある「日本男児」、「大和撫子」に育てます。
子どもがそれを望まなかったらどうするの?
その発想こそが、「バカ親」の象徴です。
親の価値観を子どもに押し付けるな!!と反抗期の子どもは言います。
それと、「バカ親組合」の人たちも言ってますね。「子どもの好きなように」と。
その「押し付けるな!」という価値観を子どもに植えつけたのは、誰なんでしょう?
「バカ親」じゃないですか?
それに「バカ親の価値観はバカでありクズでもある」と付け加えておきます。
それを見抜いた子どもは、本当に賢い!!と僕は思いますけどね。

「バカ親」は言います。
「学校・テレビ・今の世の中」がそうしている。って。
「KING OF バカ親」です。

お前のその発想が「バカ親」だ!といわれた事もあります(笑)

僕が正しいなんて思っていない。

ただ、「バカ親」にはなりたくない。と言ってるだけです。


そうだ!早く結婚しよう(笑)






「軍事力強化=戦争」


と結びつけるメディアの報道に、国民は「平和」を強く意識する。

平和憲法を守れ!憲法が国民を守る!護憲派は、今にも戦争が始まると言わんばかりに声高に主張し、平和がいかに大切かを訴える。
平和が嫌いという人は居ない。戦争という単語をふんだんに散りばめれば、誰だって反対したくなるもんです。

集団的自衛権の行使にしても、戦争への近道と揶揄するマスコミの影響は計り知れない。


大事な部分が抜けている。


昨年末、安倍総理が靖国に参拝した際も、中国、韓国の反響ばかりをニュースにし、安倍総理が靖国へ行き何を誓ったのかは、「戯れ言」のように扱った。


「我々国民は、二度と戦争の惨劇を繰り返すことなく戦争をしない平和な国を守り抜く。」

この心からの誓いを、メディアは色んな手法でぼかし、すり替えました。


福山雅治主演の大河ドラマ「龍馬伝」にも、「軍事力強化による平和解決」が描かれている。

長州・薩摩・土佐藩は軍事力を強化し、大政奉還に挑みました。

軍事力強化は、戦争をするためではなく、大政奉還が実現されなかった場合、幕府軍が戦争を仕掛けて来ることを想定した強化であり、また軍事力に隙が無いことを示すことで、幕府側に戦争を起こさせない、戦争を諦めさせる事(抑止力)が狙いでした。

長州・薩摩は、軍事力の強化により、戦争による倒幕を実行しようとしましたが、坂本龍馬という男は「平和解決=無血開城」を訴え続け、奇跡の大政奉還を実現することになります。


もし、長州に軍事力がなかった場合、幕府は間違いなく国賊と位置付けた長州に戦争を仕掛け、長州征伐を実行したに違いなく、奇跡の大政奉還も実現されることもなく、身分格差の社会は続き、フランスに多額の資金を援助して貰っていた幕府は、フランスの言いなりになっていたことは言うまでもありません。


武器を持たずに平和解決が実現出来ると思いますか?

こんな言い方をすると、「戦争支持者」「過激な思想」などと言われますが、完全にメディアに踊らされた視点であり、思考という考える行為を放棄してると僕は思います。
僕は何が何でも戦争反対です。平和をこよなく愛しています。

武器を持たずに平和解決…それが理想であり、そうあるべきです。当たり前です!
国連採決に拒否権を持つロシア・中国は、今どうでしょう?クルミア、南シナ海の利権獲得のために武力で制圧しようとしているではありませんか?言い分が食い違ってる強者と弱者の双方の和解などあり得ません。
彼らがそう言う姿勢である限り、話し合いによる平和解決などあり得ません。

核兵器が全廃され、地球全土が「戦争・紛争・内戦を放棄」しない限り、話し合いでの平和解決など出来るわけがありません。

しかも、「自分さえ良ければいい」という思想の持ち主が大多数いる今の世の中です。

自分の生活に置き換えて考えてみて下さい。
話し合いで解決できないことが沢山ありませんか?

近しい人とでも、なかなか簡単ではない事が、文化も文明も違う国家間で出来ると思う方が異常だと思うのです。

だからこそ、如何に平和的に解決するのか、解決しなければならないのかを考えていかなければならないのです。


戦争をしないための軍事力強化なのです。

ジャイアンだって、のび太が武器を所持していたら、簡単には殴りません(笑)
殴れないんです。それが、抑止力ってことです。


平和に暮らせる戦争のない日本を、脈々と後世に繋いでいきたいものです。



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