[前編]本業を見失うクリーニング企業たち

クリーニングに関して「嘆いて」いるのはお客(消費者)だけではない。

例えば クリーニング 受付 パート などのキーワードでググってみればすぐわかる。
クリーニング店を経営する経営者がバカなため、経営者に変わってお客に文句を言われ放題、メンチきられ放題(にらみつけられる)、針のむしろ状態の受付スタッフ達である。

彼らがお客から攻撃される直接の原因は、クリーニング企業経営者のやる気のなさである。

事実をありのまま説明する。
クリーニングに出した商品にしみや汚れが残ったまま、という現象は、

・生地がイタまない程度しかできなかった
・クリーニングに出すのが遅すぎた
・未熟でしみぬきができなかった
・しみぬきがヘタで失敗した
・高度な技術をもってしても不可能だった
・しみぬきが不可能な状態だった

などが理由ではなく、

経営者がしみぬきを禁じている という事が最大の要因である、という事。

・・・驚いただろうか。

繰り返すが、事実である。 
少なくとも異業種参入組の、この業界10年選手の筆者はそう思う。

クリーニングでしみや汚れが残ったままになる最大の原因は、クリーニング企業側、もっと踏み込んで言えば、クリーニング企業の経営者が経営的な判断でしみぬきをさせていない事だ。

なぜ?
クリーニング業界で働いた事がない消費者は、100%そう思うだろう。

答えは非常にわかりやすいものだ。
利益を圧迫する、弁償につながる事故を未然に防ぎたい
以上。



これはとある書籍の受け売りだが、今から数十年前、クリーニング取次店が日本中でドッと増殖した時代。その時代の前後から、クリーニング事故を防ぐため、経営者がしみぬきをさせなかった。

そもそもしみや汚れを落とす技術自体、個人店やチェーン店化した技術者がもっていなかったのも大きな要因だったかもしれないが、要は技術革新をする人材や研究開発に投資する企業が非常に少なかったという事なのだろう。(筆者の想像)

一般的な消費者に「これから家庭でできるしみぬきを開発してください。劇的に節約できますよ」と言われても、洗濯マニアのブログやマニュアル、さらにはQ&Aサイトなどを見ずに自力で開発するのは、一消費者には無理っぽい、と誰もが思うだろう。

同じ様な事がその当時起こったのだと想像する。
取次店が増え、お客が増え、商品点数が増え、売上が増えたものの、技術がないのにヘタに汚れを落とそうとがんばった技術者の失敗で、弁償事故が相次いだ。

つまりお客のためにがんばった技術者がしみぬきに失敗し、お客に怒られ弁償をし続けたのである。



業界は当時、のれん分け制度の色が濃く、そこそこできる技術者やそれなりに財力のある技術者は、ある程度勤め上げれば誰でも自身の店がもてた。
(同じ名前でありながら独立したお店が多い理由はそこにある。のれん分けのため、務めていた店名を引き継ぐという、日本人的発想で広がった)

そういう人脈を通じて、また組合や会合などを通じて弁償事故の話題に触れ、お客のためにがんばればがんばるほど弁償事例増える、というやりきれない事例を肌で感じ取っていき、その結果が2011年現在の「しみぬきを禁じるクリーニング企業を育てた」のでは、と筆者は考える。

もう一度言う。
誤解を恐れずに、とか、風のたよりに聞いた、という事ではなく、クリーニング企業で働く人々の間では、当たり前のようにしみぬきを禁じている、または「できる」しみぬきをやらないクリーニング企業が本当にたくさんある事を知っている


しかも残念ながら、お客側にたったしみぬきをきちんとやりきろうとするお店は、

・そもそもしみぬきをやらない店
・現在では過去のものになりつつある古い技術しか持たない店
・体制側(組合側)に立つ店

からは嫌われている。・・・ようだ。


「ようだ」という3文字は、たくさんの店にリサーチをかけたわけではなく、筆者が皮膚感覚で感じ取ったものである。
一応言い訳のごとく付け足したものだ。


好きではない同業者を自社の顧客に紹介するはずもなく、近くにしみぬき技術を持った店があっても探し出せない消費者が毎日大量生産されている。

その不満のはけ口になっているのが、一次的にお客と対応する受付や宅配外交員に集中するのである。
彼らは間違いなく低い時間給で雇われているにも関わらず、お客の感情の受け止め役を負わされている。

悪しき慣習に身を置くクリーニング経営者は、見て見ぬふりなのか。
それともその現状を知らないのか。

・・・答えはおのずとわかるはずだと思う。


今回伝えたかった事は、
日本ではしみ抜き作業をやらないクリーニング店の方が圧倒的に多いという事実だ

これがサービス業で最大のクレーム産業と言われる所以(ゆえん)である。
しかも、筆者がこのブログを記述している現時点においても、サービス面においては十数年前からそれほど進化していないのである。

・・・困ったものだ。
クリーニング店が売上を落としている。・・・・・・・当然でしょ。

と、思う。

実に不幸である。実に嘆かわしい。
実に惨憺たる状況ではないか。
しかし現実には、このような出来事は整然とつらつらと発生し、今日も誰かが嘆いている。

次回に続く

Q.クリーニング屋に求めるものは?
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A-1.クリーニング側の回答
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クリーニング業とは洗濯代行業である。
客の衣類を預かり、(各企業ごとの)約束事を順守しながら洗い、アイロンし、納品する。


「洗って仕上げる」事が重要であり、「綺麗にしたかどうか」は結果論である。

綺麗にしてほしければ、デラックス料金にするとか割増料金を払うとかして、通常作業とは異なる作業代金をブツブツ言わずにきちんと支払うべきである。

A-2.消費者側の回答
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クリーニング屋って金とって衣類を綺麗にするんでしょ。
ただ綺麗にしてくれる店には出会った試しがない。
店ごとに値段もバラバラだし、同じ事してもらって金払うんだったら少しでも安いとこに出す。
あとセール時にまとめて出す。

値段はそこそこでしみとか綺麗にしてくれるクリーニング屋ってないもんかね。



・・・このブログを読み始めた貴殿はいかがだろうか。
クリーニング業界で経営者やオーナー、工場長くらいの立場の人達、そのごくごくわずかな人数だけがA-1のクリーニング側の意見を支持し、その他超大勢はA-2の消費者側の意見に賛同するのだろう。たぶん・・・・・・

実に不幸である。実に嘆かわしい。実に惨憺たる状況ではないか。

筆者は現在クリーニング業に関わっているが、そもそもは異業種参入組。もとはサービス業従事者(飲食)だった。
どっぷりとクリーニングの非常識な考え方に頭の先からつま先まで染まってはいない。

「え?何が非常識な考え方なの?」と目が点になった読者のため、前述の質問の回答を整理する。

要約すると、クリーニング側は「洗濯代行」と考えているし、消費者側は「きれいにする仕事」と捉えている。
非常識だと判断するのは、クリーニング屋側が「(自社の)手順通り、洗って、アイロンして、納品する」と考えている点。

今度は「え?だから綺麗にする仕事なんでしょ?」というい読者の問いかけが聞こえる。

残念ながらそれは違う。
クリーニング屋にとって、「綺麗にする事」と「洗濯の代行」は全くの別物である

消費者がもつ「綺麗にする」というイメージは家庭での洗濯で例えると、ハイターや石鹸を使用し、これまでの経験やあらゆる技術を駆使してシミや汚れをわからない程度にする、というものだと思う。筆者のイメージもそうだ。

しかしクリーニング屋の超大多数、それも大手中心に言える事だが、
彼らがイメージする「クリーニング業=洗濯代行業」とは、決まったオペレーション通りに仕上がっているかどうかが一番重要で、その事だけが客からお金をもらうのに値する行為=作業と考えている。

オペレーションの中身はざっと以下のものである。

①基本的にドライクリーニング。洗濯表示で水洗いしかできないもの以外は全部ドライ処理。
②タンブル乾燥、またはトンネルと呼ばれるハンガー吊りの状態のまま乾燥するタイプの乾燥機処理。
③機械や手作業での、スチームによるプレス作業。

お気づきとは思うが、上記①~③の中に「綺麗にする」作業は入っていない

「①のドライ処理が綺麗にする作業なのでは?」という指摘をする読者は勘違いしている。
テレビやインターネットなどで知り得た知識が全てではない。


ドライ処理(ドライクリーニング)には2つの種類がある。
強力な洗浄能力を兼ね備えるものと、大して洗浄能力のないものである。

強力な洗浄能力をもつ溶剤で洗えば綺麗にできそうだが、いわゆるおしゃれ着をこの溶剤で洗うと、普通、クレームが続出する。ボタンが溶けたり、風合いがとんだり、硬くなったりする。また強烈な悪臭を放つので、スタッフからの評判も極端に悪い。スタッフの定着率を考えれば、使わざるを得ない状況の時にだけ使う、そんな具合だろう。

油汚れがたくさんついた作業着を洗うなど、限定的に使っている業者がほとんどで、その後のクレームや賠償問題を恐れて、普通はこの強力な方の溶剤でおしゃれ着は洗わない。というか、洗えない。


大して洗浄能力のない方の溶剤はどうだろう。
一般的にTVなどで流布されている情報はこちらの方の溶剤だ。
一番有名なシーンは、水の入った容器とドライ溶剤の入った容器を並べ、どちらにもトイレットペーパーを同量投入し、棒で軽く混ぜあわせるようにする。

するとどうなるか。
水の容器に入れたトイレットペーパーは無残にもバラバラになり、どんどん水に溶け出しているような状態になる。
ドライ溶剤の容器に入れたトイレットペーパーには変化がなく、攪拌した水流にのりゆっくりと容器内を入れた時の形のままゆらゆらとまわっている。

「このように、ドライ溶剤の中に入れたトイレットペーパーは溶けたりバラバラになったりせず、元の状態のままです。ドライ溶剤は、この実験の結果のように衣類を傷める事なく洗える画期的な溶剤なのです。」

というアナウンスとともに、「なるほど。安心ですね」とか何とかアナウンスされる。

この実験を正確に表現すると、「ドライ溶剤に入れた方のトイレットペーパーは変化がなかった」というものだ。
「トイレットペーパーが元の状態のままである」という事は、水により破壊されるように設計・製造されたトイレットペーパーがドライ溶剤では破壊される事はないという事を証明したに過ぎない。
「ドライ処理で綺麗にする事が可能」という事は、何ら証明していないのである。

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この実験とは逆の、水洗いに関して少しだけ補足しておく。

筆者はNHKの実験番組を見た事がある。8年か9年くらい前(2003年前後?)の番組だったが、水洗い用の洗剤の限界能力を実証する番組だったように覚えている。

※記憶は常に都合の良い方に書き換えられるので、細かい点は思い込みかも・・・
覚えている方には指摘希望。

要するに水洗いを色々なメーカーの洗剤などを使って比べてみたが、現時点(当時)での科学力では、NASAの技術をもってでも、衣類に付着した汚れを100%除去するのは不可能である、との実験結果だった。

「現時点で最高能力をもった洗剤でも、衣類に付着した汚れの50%以上は取り切れずに残るのである。」

→衣類に付着した汚れを50%以上取り除くのは、現在の技術(当時)では不可能。
→つまり数年前の技術力では水洗いで除去できる汚れは多く見積もっても49%以下であるとの結果だった。

もうひとつ、水洗いに関して事実を記載する。

きちんと「綺麗にする」事を導入しようと考えた事のあるクリーニング従事者は、
水洗いの能力の方がドライ処理の能力より多くの点で優れているという事を知っているという事実を。

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《2011/5/14 加筆》
2003年頃も2011年現在も、洗剤やクリーニング溶剤自体驚異的な進化はしていない。

問題は皮脂とともに付着するタンパク質で、これから10年後を考えてもそれほど大きく汚れを落とせるようになるとは考えにくい。

ケミカルメーカー諸氏、チャンスがころがっているがどうか?
開発に成功すれば世界中に売れるのだが。
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話を先のオペレーションの部分まで戻す。

ドライ処理だけでは多くの汚れを残したままの状態になる。
がしかし、多くのクリーニング屋では個別処理を適切に行わず、汚れをそのままにして高温のスチームプレスによる仕上げを行う。中には個別処理事態を全く行わないクリーニング屋までいる。
これは業界内では誰でも知っている事実だ。

残った汚れが高温のスチームにより、ガッチリとそれまで以上の力で衣類に定着する。
一般的に「一度クリーニングに出した服のシミは取りづらい」と言われる所以である。

クリーニング屋周辺では、今日もこんな光景が繰り返されている。

●前述の①~③のオペレーションで仕上げた衣類を客に渡す
・よくあるパターン
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その①
客→「汚れが落ちていない」とクレームを入れる
店→「やり直します」と言って、実際には適切な作業を行わずに返却する→顧客を失う
客→新たにクリーニング店を探し、料金を2度支払い、シミは残ったままになる

結局誰も特をせず、関係した皆が嫌な思いをする

その②
客→クレームを言うと次回から利用しづらいので新たにクリーニング店を探し、2度目の料金を支払い、結局シミは残ったままになる

その③
客→友人知人にいい店がないか聞き出したり、インターネットで探しまくる
結果→ぼったくりに近い(通常の10~20倍以上*)金額提示のお店などに2度目の料金を支払い、シミがなくなる

*少ないながらもしみぬきのできる良心的な一般のお店で100円~1,000円くらいで請け負っている作業を、1万円~3万円くらいで引き受ける業者がある、という意味。
コストパフォーマンスが納得出来るのならいい選択という言い方もできる、かもしれない。
筆者はぼったくりだと思うが。


クリーニングって何だろう?

実に不幸である。実に嘆かわしい。実に惨憺たる状況ではないか。
しかし現実には、このような出来事は整然とつらつらと発生し、今日も誰かが嘆いている。


次回に続く