あなたがいたから、よかった。

そう言われる職員になろう、という話は

まぁどこにでもある。

 

一方、SWでは、そう言われないような

働き方を目指せ、という人もいる。

 

自分も、そう思っている。

 

あなたがいたから、と

その人が元気になって、働けるようになったりして

何年語って、そのときに言われるのは嬉しいと思う。

 

正直言われたいとも思う。

 

日野先生と出会えたことは幸せだとは思う。

だけど、先生がいたからよかった、とは思わない。

先生が直接何かしてくださるわけでもない。

 

結局、自分が自分を支えるしかないのだ。

自分が、自分で生活していく。

自分で、自分の人生を歩いていく。

 

だから、僕がいるから出来たとかは違うと思う。

その人が、その気になって、取り組むのだ。

 

その仕掛けを、色んな場面に散りばめられるように。

バレたり、やった感じがあるのは、違う。

おそらく、自分がやりたいようにやっている。

自分が気持ちよくなっている。

 

大方、今の自分はそうだ。

 

代表のこの言葉をきいて

代表は、後者のことをいっているのだろうとは思った。

 

仕事の手応えを

自身の自身のなさや、さみしさや、幼さにつきあわせてはいけない。

そんなことをして、どうなるというのだ。

しかし、やるんだこれが。

 

まだどこに向かっているか、明確ではない。

そこも指摘された。

 

子どものようにじゃれあったり。

仕事したり。

それじゃ、だめなのか。とも思う。

だが、代表にとって違和感なのだ。

 

であれば、今そこに取り組むチャンスだ。

自分としてではなく、職場の職員として働いているのだから。

 

自分の枠組みを突破したい。

そこを考えるのだ。