2021年も環バレエの発表会に

おかまちゃんの役で出演することができた。

 

3年連続で出させていただいている。

正直、おっさんは場違いだ。

なんでコイツここにいるねん、と思う人も居ると思う。

そんなことを考えたりもするし、気にもなる。

 

だけど、役で呼んでいただいている以上

やると決めたのだから、なんにせよやり切るしかなかった。

それが、1番の勉強になっている。

 

中学生、高校生でも

10年バレエをやっている子もいる。

身体が違う。使い方も見せ方も。

そこで勝負したって、どうにもならない。

オマケ役は、おまけ役なりにやりきるだけ。

単純に楽しんで思い切りやれば良い。

そんなことが、わからなかった。気負ってしまう。

どう思われてるか気になるし、好かれたいし、

変にピエロになったり、落ち込んだり。

 

くそだ。

どうにもならない、つまらないことばかり気にする

くそな自分が目立つ。普段は見えないようにしてるのだろうが

普段行かない場にいったりすると、何も変わらない自分が顔を出す。

そのために参加してるともいえるが、くそだ。

 

今年はそのままハーモニーのコンサートへ参加した。

その前は夏至の奉納もあった。

 

つまらない、イラつく自分ばかり目立つ。

それぞれの踊りだったり役だったり合唱そのものは、

本当に楽しい時間なのは間違いない。

イラつくのは、今日あったように親が見にきてくれなかったことや

小さなイラつきや、ホテルの従業員に怒ったり

偉そうにしたり、どうでもよいそんな自分なのだ。

 

特に親が来なかったことへ

すごく囚われた。裁いて結局電話で嫌味を言った。

来て欲しかった。観て欲しかったのは

それを両親が心から喜んでくれると思ったから

2人の喜びだろうと思ったから。

 

イラつくのは、そこにすごく執着があって

そうしてくれない親を責める自分だ。

どれだけ親に期待しているのか。

いつまで期待するのか。

いつまで、親をやらせるのか。

 

しかし、これが自分の姿なのだ。

どれだけ人からよく思われたいのか。

出来ると思わせたいのか。

もうわかったよ!そこは!!

 

しんどい。

 

 

 

しっかり次に進もうぜ。

やることもやってんだ。

楽しんだって間違っちゃいない。

どこ見るか。

どうやるか。

 

楽しさと嬉しさと

寂しさと切なさと

繋がりと孤独が

いっぺんにやってくるんだ。

 

定まってないからな。

自分ってもんを誤魔化してきたから

自分の気持ちを受け止められてない。

 

だから、人の気持ちだって受け止められない。

 

単純な話だな。

中学生レベルか話だぜ。

 

これやりたい。したい。

できない。そんな話だぜ。

 

出来る自分になるだけだ。

潔くねーなーほんとに。