やっと十月。

酷暑の夏も一段落がついた感がある。

ただ、例年通り、今夏も水の事故が多かった。

遭遇者の多くは、子供や若者。

高揚した楽しさと根拠のない安全感覚(過信)が、慎重さや危機感を奪うのだろう。

事故に至るキッカケは、往々にして些細なこと。

だから、尚更、その死が傷ましく思える。

 

30年近く前になるだろうか、海水浴中に溺死した中年男性の頭を洗ったことがあった。

全身 砂だらけで、髪の間に入り込んだ砂をきれいに洗い落とすのに難儀した。

その傍らには、現実を受け止めきれずに茫然としている故人の妻がいた。

若輩で経験が浅かったせいか、その時の私は、目に見えている悲しみにしか心が及ばなかった。

が、今は、

「悲しくもあり痛ましくもあるけど、仕方のないことではないか・・・」

「当人の“しくじり”ではなく、生まれてくる前から定められていた“運命”“宿命”なのではないか・・・」

と、諦めとも達観ともつかないような想いで受け止めるようになっている。

 

だからと言って、そう簡単に受け入れられるものではない。

理屈をこねても、悲しみや痛みが消えるわけでもない。

一生かかっても消化できない家族も多いだろう。

ただ、“いい”“わるい”、“好む”“好まざる”は別にして、それでまた、その人の人生がドラマチックに展開していく。

そして、何かが育まれ、何かが実る。

それが自分にでなくても、周囲に、次代に。

命から命が生まれ続けるように。

 

 

 

「管理しているマンションで孤独死が発生」

「異臭が外に漏れて苦情がきてる」

「警察から立入許可は得ている」

「ただ、遺族の確認がとれていない」

「できる異臭対策はないか?」

とある不動産管理会社から、そんな相談が入った。

 

現場は、東京郊外。

都心からは結構な距離があったが、都内に通勤している人が多くいるエリア。

問題となっていたのは、そんな地域に建つ五階建の中規模マンション。

築年数は50年近く、エレベーターもついておらず、公営団地のような設計。

螺旋状階段の両脇に一世帯ずつ配置、つまり、一つの階段を各階二世帯が共用する構造。

大規模修繕をしてきた跡はあったが、古びた感は否めず。

それを裏付けるかのように、暮している人のほとんどは高齢者。

老夫婦で暮らしている人や、どちらかが先に逝って一人暮らしになっている人が多いようだった。

 

住人の大半は、新築時からの入居者。

しかし、故人は、新築から数年後の入居で、“転校生”みたいな感じだった。

しかも、ファミリー世帯が圧倒的に多い中で、故人は独り身。

性格も内向的で、外で出会って挨拶すれば返してはきたが、故人の方から挨拶をしてくることはなかったそう。

それでも、故人は、他住民との間でトラブルを起こしたこともなく、共用部やゴミ出し等、マンションのルールも遵守。

問題視することがあるとしたら、敷地清掃などの奉仕活動に非協力的だったことくらい。

それでも、特段、周囲から嫌われていたり、敬遠されたりもしていたわけでもなく、空気みたいな存在だった。

そのため、“マンションの生き字引”みたいな永年住人が多い中でも、故人のプライベートをよく知る人はいなかった。

 

そんな故人が自宅で孤独死。

ただ、存在感がなかったものだから、姿が見えなくなっても誰も気に留めず。

発見のキッカケは玄関からの異臭漏洩。

玄関前に異臭が漂うようになって初めて気が留まるように。

故人の部屋は3Fで、同じ階段を利用する3・4・5Fの住人は、日常的に故人宅前を通る。

「なんか変なニオイしない?」からはじまり、それが「するよね?」となり、日に日に濃くなっていく中で、「やっぱクサいよね!?」となり、いよいよになって「何か変じゃない!?」ということに。

それで、管理会社に連絡が入ったのだった。

 

とりあえず消防が来て、程なくして警察が来た。

通報を受けた以上、消防は、一応、救出を試みる体で来るのだが、状況を聞いただけで“手遅れ”とわかってやってくる。

ニオイを嗅いだら尚更で、すぐさま警察にバトンタッチ。

隣室のベランダから故人宅のベランダに入り、ガラスを割って鍵を開け、中へ。

すると、人間のカタチをしたものが、リビングのソファーから崩れ落ちていたそうだった。

 

遺体の変容も相当のもののようだったが、玄関から外に漏れ出している異臭もかなりの濃度。

問題の3Fはもちろん、共用階段を通じて拡散しており、2Fでも4Fでも感じられるレベル。

これで苦情が来ないわけはなかった。

とりわけ、同じ3Fで、玄関が近接して向かい合っている隣室住人の被害は深刻。

それはそうだ。

故人宅の玄関ドアと自宅玄関ドアの間は、わずか3m程度。

自宅を一歩出る度に異臭が感じられるし、油断していると家の中にまで入り込んでくる。

それが、ただのゴミ臭とかではなく腐乱死体臭なのだから、嗅がされる方はたまったものではない。

そこにも高齢の夫妻が暮らしており、ご主人から聞いたところ、奥さんはノイローゼ気味になっているそうだった。

 

とにもかくにも、そんなことになっている現場は、すみやかに特殊清掃を行うことが肝要。

しかし、それができず。

理由は法律、相続人の存在。

故人は、このマンションに暮らし始めたときから単身。

妻子はなく、近しい血縁者は姉だけ。

しかし、姉とその家族(以後「遺族」)は、現場から1000km以上も離れた遠方に暮らし、そもそも故人とは何十年も関わりを持たず。

ただ、そんな姉でも法定相続人。

どんな状態であろうが、部屋と部屋にあるものは故人の所有物で、つまり、相続が成立すれば相続人のもの。

承諾なく他人が勝手に手を出すことは許されない状況だった。

 

とは言え、悠長なことを言っていられるような事態ではない。

管理会社は、遺族に連絡をとり、早急に対処するよう要請。

しかし、遺族は、「相続するかどうか思案中」「すぐには承諾できない」とのこと。

腐乱死体現場の実状が想像できないのはやむを得ないものの、現場と遺族の間には著しい温度差があった。

 

このマンションは そこそこの老朽物件だったが、それでも、市場価格は700~800万円。

事故物件である事実と 大規模を要する内装設備改修費用を差し引いても半額にまでは落ちないはず。

また、故人には預貯金などあるかもしれないし、表面的には、相続した方が得と思われた。

しかし、相続には「陰の負債」「秘密の借金」という落し穴がある。

遺族は、その辺のところを警戒し、のらりくらりと慎重な構えをみせているものと思われた。

 

この場合、他の多くの遺族も同じように考えるだろう。

金勘定に走る気持ちはわかるし、皮算用してしまう欲も理解できるし、結局のところ、相続するかどうかは遺産の±次第。

プラスなら相続するだろうし、マイナスなら放棄する。

しかし、仮に、遺族が相続を放棄した場合、現場を処理する権限を持つ者がいなくなるわけで、自ずと部屋は放置となる。

つまるところ、マンションは不気味な爆弾を抱えたままとなるわけ。

数カ月から一年も経てば、ウジ・ハエも尽き、遺体液は別の虫が食いつくし、その跡は木屑のような喰いカスに覆われて、異臭もかなり収まるのだが、それで“一件落着”となるわけはない。

不衛生な状態は維持されたままで、周囲への悪影響は予測不能。

また、故人宅は“幽霊屋敷”と目され、精神衛生上もよろしくないことに。

ハード(建物)もソフト(住民感情)も、相応の被害を受けることは明らかだった。

 

マンション側には、このまま遺族の出方を待っている余裕はなし。

住人達に せっつかれっぱなしの管理会社は何度も遺族に折衝。

遺族も、「遺産を把握するにはマンションや遺品を確認する必要がある」と思ったのだろう、結局、重い腰を上げて現場に来ることに。

そして、それに合わせて私も現地に呼ばれた。

 

 

その当日。

マンションの集会室には、話が始まる前から重苦しい空気が漂っていた。

ここで展開される人間模様を想像すると、緊張感も増し加わった。

集まったのは、故人の姉夫妻、管理会社の担当者、管理組合の役員4名、そして私。

遺族については、「打算的」「自分本位」「非協力的」等々、そんなマイナスイメージしかなかったが、会ってみると、至って普通の老夫婦。

相続するかどう迷っているのは事実だったが、マンション側に協力する姿勢はみせていた。

非協力的に見えていたのは、遺品に下手に手を出すと、イザというとき相続放棄できない可能性がでてくるため。

後で大きな借金でも見つかったら、自分たちの老後生活が脅かされる。

遺族は、マンション側の苦境も理解していたが、自分達の生活も守らなければならなかった。

つまり、苦悩していたのはマンション側だけでなく、遺族も同じだったわけで、その辺の心情が共有されると、途端に、その場の空気は平和的になった。

 

遺族の慎重姿勢は間違ったことではなかった。

原則として、故人の所有物に手をつけた場合、相続は放棄できないとされる。

しかし、実際は、モノによる。

無価値であることが明らかなものに手をつけただけでは相続を承認したことにはならない。

したがって、特殊清掃で排出される汚物や不衛生物が問題になる可能性は極めて低い。

作業内容の記録と処分品の画像を残しておけば充分。

処分品の目録をつくれば尚よし。

特殊清掃をしたくらいでは“相続or放棄”に抵触しないことを実例にもとづいて説明すると、遺族も住民側も納得できたようで、安堵の表情を浮かべた。

 

その上で、私は、これまで対処してきた無数の類似案件を頭でセレクトし、後始末をするにあたっての参考事例として紹介。

何かの講義でも聴くように、皆、真剣な面持ちで耳を傾けてくれた。

ただ、聞く側にとって、それは未知の世界。

好奇心や野次馬根性が刺激されたのだろう、私の話にいちいち反応。

そのリアクションが大きいものだから、気をよくした私の口は滑らかに。

エピソードの一部を書き抜いたこのblogでさえ700編を越えているのだから、話すネタが尽きるはずもなく、独演会みたいなことになりかけた。

が、さすがに、そこまでやったら本末転倒。

テキトーなところで“特掃講談”を締め、話の向きを協議の方へ戻した。

 

 

私の経験談を聞いて恐れおののいたのか、入室するつもりでいた遺族は その場で断念。

管理組合の役員も、気マズそうにお互いの顔を見合わせたり、視線を宙に泳がせたり。

結局、管理会社の担当者と管理組合の理事長が、私に同行することに。

そうして、我々三人は、前人未踏の地に赴く探検家のように集会室から送り出された。

 

鍵も持っていないのに、何故か私が先頭。

故人の部屋は3Fだったが、2Fに上がった時点で早々と異臭を感知。

外空間の階段にも関わらず。

私は、「もう、ここで臭いますね・・・」とポツリ。

二人も、「ですね・・・」とコクリ。

私は、“ここでこれだけ臭うということは、部屋の中は相当なことになってるな・・・”と憂いながら、3Fに向かって、一段一段 脚を上げた。

 

勇ましく集会室を出た担当者と理事長だったが、端から一緒に入るつもりはなかったよう。

皆と一緒に集会室に待機することを肩書が邪魔したのだろうけど、故人宅前に着くと、漂う異臭に顔をしかめながら、しれっと鍵を私に差し出した。

私は、「“はじめてのおつかい”じゃあるまいし、わざわざ付き添ってもらう必要はなかったのにな」と思いながら、それを受け取った。

そして、バツが悪そうに下に降りて行く二人を横目に開錠。

引いたドアの向こうから噴出してきた強烈な悪臭に向かって、「想定内、想定内」と余裕をかまして足を前に出した。

 

目の前に表れた故人宅は3LDK。

警察情報の通り、遺体汚染は そのリビングにあった。

ソファーに腰かけ、亡くなって腐敗が進むにつれ床に崩れた落ちた模様。

ソファーには薄い皮膚の一部が貼りつき、フローリングも重度に腐食。

腐敗遺体液に呑まれた面積は、およそ畳二畳分。

ウジが展開した部分も含めれば、その約二倍。

更に、ドロドロの腐敗体液には頭髪や爪も混入。

足の指だろうか、小さな骨も汚物にまみれて転がっていた。

 

汚染異臭もさることながら、故人の遺産も重要ポイント。

それを量るヒントが台所にあった。

それは、プレミアムビールと その空缶。

ビールは箱買いされ、多めにストック。

空缶は不燃物のゴミ袋に入れられており、それが何袋もあった。

週一でゴミを出していたとすれば、一日に何本も飲んでいた様子。

節約生活を強いられていたら、そこまでは飲めないはずだし、飲むにしても発泡酒や第三のビールにするはず。

誰に気兼ねすることなく、好きなビールを飲みながら悠々自適にやっていた故人が目に浮かんだ私は、ちょっとほのぼのとした気分に。

と、同時に、「相続放棄はないな」といった勘が頭を過った。

 

 

「どうでした?」

立派な”ウ〇コ男”に仕上がって帰還してきた私に、遺族が不安げな表情で訊いてきた。

他の人は好奇心丸出しの表情。

「わかりやすく言うと、大量のコールタールをぶちまけたみたいになってます」

「あと、頭髪や爪、警察が拾い損ねた小さな骨も残ってます」

「ニオイについては、玄関前の何倍・何十倍のレベルです」

と、事務的に説明。

すると、皆の顔が硬直。

「そんなことになっちゃうんだ・・・」

知らない世界を垣間見た驚きと、起こってほしくない現実が身近にある嘆きと、どうしようもない摂理に対する屈服感が複雑に混ざり合ったような、そんな表情だった。

 

ここは高齢者の多いマンション。

独居老人も増えていくばかりで減ることはなさそう。

時期が来たら堰を切ったように孤独死が発生することも考えられる。

「〇〇さん(故人)がわざとやったわけでも、しくじったわけでもないんですから・・・」

「“お互い様”の精神も大切だと思いますよ」

蛇足かもしれなかったが、そう人生の先輩方を諭すと、皆、神妙な面持ちに。

そして、“そりゃそうだ”という顔で何度も頷いてくれた。

 

 

死は、自然の摂理。

孤独死は、しくじりではない。

不意打ちを喰らっただけのこと。

肉体が朽ちるのも然り。

悪意の仕業ではない。

骨肉が自然に還ろうとしているだけのこと。

孤独死跡も腐乱死体痕も、真は悍ましいものではない。

 

後日、故人と私、一対一で特殊清掃を実施。

足の指の骨だろうか、小さな骨が四柱、腐敗物にまみれて残されていた。

私は、それらを手のひらに拾い集めた。

それは、故人が生まれてから亡くなるまでの七十年余、数々の泣き笑いと共に故人の一部として生きてきた骨。

汚らしいゴミにしかみえない骨だけど、ジッと見つめていると、「お疲れ様でした」といった想いが自然と込み上げてきた。

 

外は大騒ぎ、凄惨な現場での過酷な作業であっても、そこは、平安にも似た穏やかな空気に包まれていた。

その静けさの中に身を置いていると、

「“命はいつか終わり、肉体は朽ち消える”という、皆がわかっているつもりでわかっていないことを、日々、俺はわからせてもらってるんだな・・・」

と、しみじみ。

何だか、誰かの宝物を譲ってもらったような、ありがたい気持ちが滲み出てきたのだった。

 

本件詳細は⇒一人暮らしの孤独死 特殊清掃事例56