“彼”から最後に連絡が入ったのは4年前の梅雨時期だった。

「彼」というのは、仕事の依頼者。

ちょっとした縁が続いた人だった。

 

私の仕事における個人の依頼者は、ほとんど“一見のお客”。

当該の案件が終われば、縁は切れる。

不動産会社や工事会社等、法人客の場合は縁が続くことはあるけど、個人客のほとんどは、一度きりで終わる(終わった方がいい)。

しかし、稀に、リピートする個人客がいる。

 

彼は、その珍しいリピート客の一人。

それも、一度のリピートに留まらず、初回を合わせると9年に渡って9回も。

案件の中身はゴミ部屋。

彼は、いわゆる“ゴミ部屋の主”で、日常生活でゴミを片づけることができない人だった。

 

最初の連絡も、ゴミ部屋の始末についての相談だった。

出向いてみると、1Kの部屋はゴミだらけ。

酒瓶・空缶・ペットボトル・レジ袋・雑誌・日用品・タバコ吸殻等々・・・

床はまったく見えておらず、多少の高低はありながらも、平均すると膝くらいまで堆積。

見慣れない人がみたらドン引きするような光景。

“ミドル級”のゴミ部屋だった。

 

ひと口に「ゴミ部屋」と言っても、食品や飲料、弁当容器や残飯、水気の多いモノなど、腐ったりカビがきたりしそうなものがあるかどうかによって、衛生状況は大きく変わってくる。

“腐りモノ”が混ざっていると、異臭や害虫・害獣が発生するだけではなく、床や壁などの内装建材を汚損腐食させる。

そんな状態を掃除でどうこうできるわけもなく、改修工事が必須となる。

重症の場合は、内装はもちろん、建具や設備も全解体して新築しなければならないこともある。

「ゴミを片づけて掃除すれが部屋は元通りになる」と勘違いしている人が多い中、現実は そう甘くないのである。

 

ただ、彼の部屋は、そこまでのことにはなっておらず。

水廻りの汚れは酷かったが不衛生度は低く、内装や建具も無事。

ゴミを撤去し、相応に掃除すればフツーの部屋に戻るレベル。

“腐りモノ”が混ざっていなかったことが幸いしていた。

 

特に目立ったのが、ウイスキーの空瓶、ロックアイスの容器や袋、タバコの空箱、キッチンシンクに器用に山積みされた吸殻。

酒とタバコをこよなく愛しているようで、やみつきの状態。

酒はウイスキー、すべてS社のオールド。

これが、一番口に合うそう。

それを、水割でもハイボールでもなくロックでやる。

週に700ml瓶を二本くらい空けるそう。

タバコは、最低でも、一日一箱は吸うそう。

 

私も酒好きで、ウイスキーも大好物。

そして、かつては、私もロックで飲んでいた。

毎晩、何杯も。

だから、彼の嗜好には大いに賛同できた。

ただ、それだと、アルコールの接種量が多過ぎることに気づいて、その後、我慢してハイボールに替えた(初めの頃は、味や風味が薄くて不味く感じていた)。

 

同じ“蟒蛇”でも、肴を好むタイプと、逆に、肴を好まないタイプに分かれる。

私は前者で、酒豪だった私の父親は後者(今も健在だが酒はやめている)。

「空きっ腹に浸み込む感じがいいんだ」

「食べると腹が膨れて酒の味が落ちる」

と言って、ビール・日本酒・焼酎・ウイスキー・ブランデー、酒類を問わずなんでも美味そうに飲んでいた。

彼も、後者。

肴は少しあれば充分で、事実上、タバコを肴に酒を飲んでいるようなものだった。

 

ゴミ部屋にしてしまう人は、片付けても片付けても、またゴミ部屋にしてしまうように思う。

全体的にだらしない人もいるだろうけど、「他のことはキチンとできるのにゴミの始末だけはできない」という人もいるように思う。

こういう人は、「障害」というほどではないものの、脳(精神?)に何らかの不具合があることが少なくないそう。

彼も、仕事をはじめとした外での社会生活はキチンとできているよう。

ただ、ゴミの始末や掃除だけはできないのだった。

 

彼は、転勤を機にこのアパートで暮らし始めた。

それまでは実家から通っていたのだが、転勤先は遠く、とても通勤できる距離ではなかった。

そうして、生まれて初めての一人暮らしが始まった。

ゴミは溜まり始めたのは、一人暮らし一年目から。

私が彼の部屋に初めて行ったのは、それから約二年後。

つまり、部屋には、二~三年分のゴミが溜まっていたというわけだった。

 

それでも、作業が終わる頃には、思いの外 きれいな部屋が姿を現してきた。

引き揚げる際には、“これに懲りて、もうゴミを溜めないようにね”という気持ちで、

「またゴミが溜まってきたら、早めに連絡してください」

「内装を傷めてしまうと、違う問題がでてきますから」

「今日の状況から考えると、年に一回くらい呼んでもらえれば、重すぎもせず軽すぎもせず、ちょうどいいかもしれませんね」

(重すぎると内装を傷めてしまう恐れがある。軽すぎるとコスパが悪い。)

と、半分冗談のつもりでそう言った。

すると彼も、

「そうなったらお願いします」

と、半分本気みたいな真顔でそう言った。

 

 

約一年後、それは冗談ではなくなった。

「またお願いします」と、彼は本当に電話を入れてきた。

彼のことは完全に忘れていた私だったが、状況を聞いてすぐに思い出した。

彼にとっては喜ばしいことではなかったけど、頼りにされてるようで、ちょっと嬉しい気がした。

 

二度目のことだから話ははやい。

ゴミの量は前回より少ないはずなので、作業も軽易なものになるはず。

「どれだけ安くなるかわからないけど、少なくとも前回より安くなるはず」

と説明し、現地調査も見積もせず、その場で契約。

実際に出向いてみると、想像通り、前回よりゴミの量は少なく軽症。

費用も大幅に低減。

それで、滞りなく作業を実施した。

 

以降、まるでそれは季節の風物詩のように。

暑くなると虫や異臭が涌きやすくなって不衛生なので、その前に片付けるというのが彼のルーティンに。

次の年も、また次の年も、それ以降も、毎年5月~6月になると彼から連絡が。

そこまでになると、もう細かい打合せは無用。

ゴミ部屋の状態は毎年ほぼ同じなので料金も定額化、作業も定型化。

打ち合わせるのは施工の日時のみ。

もはや、“勝手知ったる他人の家”。

到着すると、彼は、「いつも通りで」と、常連だけが口にできる決まり文句に「終わる頃に電話ください」を付け加えて外出。

作業の間は、床屋に行ったり、ランチをしたり、買い物をしたり、外で時間を潰してくるのが常だった。

 

キッチンシンク・風呂・トイレ・洗面台は、かなりの汚れようだった。

で、ある年から掃除してあげるように。

うちは、“ポイント”があるわけではないけど、無料のサービスで。

(うちのサービスで“ポイント”があったらマズイような気がする。)

数年来の汚れがあった一度目のときは特掃に近い作業になったけど、次年からの汚れは一年分のみ。

普通の家と比べたらかなり汚いけど、特掃隊長にとっては“ライト級”。

難なく掃除できるようになっていた。

その厚意を彼は喜んでくれ、私としてもそれが嬉しく、お互いに“味を占めた”かたちでその慣例は続いていった。

 

会社の健康診断で芳しくない数値がでたそうで、ある年からは、ゴミの中に肝臓系サプリメントの瓶や袋が混ざるように。

「酒はやめられない」「だけど健康も気になる」

どうも、苦肉の策として、酒を減らす代わりにサプリを導入したよう。

効果があるのかないのかわからないけど、その弱々しくも逞しい人間味に、私は親しみをもった。

 

彼は、私より10才若く、初めて会ったときは30代前半

大手企業の工場に勤務。

転勤はあったものの、新卒で入ってからずっと同じ会社に勤めているようで、生計も安定しているよう。

人柄はソフトで、よく言えば謙虚、悪く言えば野暮ったい感じ。

訊いたわけじゃないからわからないけど、彼女は・・・いなそう。

でも、酒とタバコだらけのゴミ部屋は、ある種、彼がそれなりに楽しく暮していることを物語っており、それはそれで“あり”な気がした。

 

作業費、私は もらう側だから何の問題もないけど、払う側からすると決して安い金額ではない。

汗水流して得た給料の中から捻出するわけで、趣味・レジャー・貯蓄等、もっと為になる使い方があるはず。

しかし、もはや、彼にとっては家賃や水道光熱費と同じような感覚か。

「毎年〇円かければゴミ部屋の始末に悩まされることはない」

「気心知れた業者で不安はないし、呼べば嫌がらずやってくるし、気楽に頼める」

と、メンタルの平和を守るには見合った金額だったのだろうと思う。

 

 

そんな月日が流れる中、ある年の梅雨前、また彼から電話がかかってきた。

年に一回とはいえ、十年近くも毎年会ってきたわけで、友達ではないけど、充分な顔見知り。

もはや、お互い「客と業者」という空気はなし。

彼からの着信をみて、「お!?、今年も、もうその季節かぁ」と、まるで友達からの電話にでるようなノリで電話をとった。

そして、敬語は使うものの、かなりフランクな雰囲気で挨拶。

同時に、頭の中にカレンダーを掲げ、「作業はいつできるかな・・・」と勝手に思案。

しかし、彼の口から出た言葉は意外なものだった。

 

「仕事のお願いじゃないんですけど・・・」

彼が、少し言いにくそうに用件を話し始めた。

「実は、自分でやってみたらできたんです!」

何がキッケカになったのか、彼は、自分でゴミを片づけることができるようになったそう。

「やればできました!やればできることがわかりました!」

と、とても嬉しそう。ちょっと誇らしげでもあった。

だから、もう部屋にゴミは溜まっていないそう。

一方、仕事の依頼と信じ切っていた私は、やや困惑。

しかし、ゴミ溜め癖が直ったのはよいことに決まっている。

“不快に思ってはいけない”という理性が何とか働いて、

「それはよかったじゃないですか!」

と、とりあえず、共に喜ぶフリをした。

 

では、何故、彼は私に電話してきたのか。

用件は、

「小バエが出てきて気持ち悪い」

「駆除する方法を教えてほしい」

というもの。

もともと、彼は虫が大の苦手で、他に気軽に相談できる相手がおらず私に電話してきたようだった。

 

ただ、私が応えられるのは、ネットでも検索できる程度のありきたりの処置対策。

とは言え、せっかく頼ってきてくれたのに、

「ネットで調べればでてきますよ」

としては、あまりにも味気ない。

私は、頭にある一通りの知識を並べ、最後に、

「ネットに出てる程度のことでスイマセン・・・」

と、無難過ぎる自分の回答をフォロー。

それでも、彼は、“いいことを聞いた”みたいなフリ?をしてくれ、

「やってみます」

と、愛想のいい返事をくれた。

 

結局、彼とのコンタクトはそれが最後となった。

1Rの軽症ゴミ部屋、しかも年に一回。

会社の年商ベースでは、それが占める売上利益は極めて軽微。

依頼がなくなったとしても、商売上のマイナスはゼロに等しい。

ただ、十年近くも付き合いがあった人と縁が切れるのは、何とも寂しい気がした。

 

 

あれから4年余が経ち、彼は40代後半になっている。

あの感じからすると、独身男のままだろう。

そして、まだ同じアパートに暮らし同じ会社に勤めていると思う。

やめたくてもやめられないのか、やめるつもりもないのか、酒もタバコも続けているだろう。

加熱式が主流になっているタバコも、好みを頑なに貫き、葉煙草のままのような気がする。

歳をとれば例外なく身体は衰えるので、サプリメントの量は増えたかも。

ただ、連絡がないところをみると、ゴミ出しは習慣化できているだろう。

だから、もう二度と会うことはないだろう・・・

・・・と思いつつも、人生、何があるかわからない。

・・・再会する可能性はゼロではない。

彼が、自室を再びゴミ部屋にしてしまうことを望んでいるわけではないが、そうなる可能性がないわけではない。

しかし、仮にそうなったとしても、それはそれでOK。

愚かで弱いのが人間、それを補い支え合うことができるのも また人間なのだから。

 

それにしても、十余年も続けたゴミ部屋生活から抜け出すのは、容易なことではなかったと思う。

何が彼を変えたのか、どうやって自分を変えることができたのか・・・

自分を過小評価し過ぎなのか、問題を過大に捉え過ぎなのか、「やってみたら簡単だった」「思ってたほど難しくなかった」ということはよくある。

この類のことは大小を問わず、誰しも心当たりがあるのではないだろうか。

大切なのは、少しの勇気と、少しの行動力、そして、失敗しても自分を責めない懐の深さと、それを気にしない図々しさ。

そうして、彼は、ゴミ部屋から脱することができたものと思う。

他人からすると取るに足らないことだけど、彼にとっては大革命。

その経験は、彼の心持ちと暮らしを健やかにし、人間力を大きく高めたに違いなかった。

 

ゴミのない部屋で飲む酒、吸うタバコの味は格別だろう。

業者ではなく、自分で片付けた部屋だったら尚更。

そんな部屋で彼がタバコを肴に酒を飲んでいる姿を想像すると・・・

小さなドラマを繰り返しながら営まれている彼らしい暮らし、ささやかな幸せを味わいながら過ぎている彼なりの人生が垣間見え・・・

平凡な人間の平凡な人生でも、一人の人間の中では、すべてが特別であることがジンワリと沁みてきた。

 

 

人生の道程には、たくさんの“トリックアート”がある。

立ちはだかる崖の高さも、恐ろしい谷の深さも、自分が勝手につくり出す。

動いてみれば何てことないのに、その前に自分の力を疑い、非力を恐れる。

そして、悪い予感の中で、自分を否定する。

誰かと比べて消える自尊心や、無理だと諦めている自己変革も似たようなもの。

少しの勇気と、少しの行動力で、意外と簡単に手に入るものかもしれない。

 

たまには、自分の志向と行動をちょっと変えて、自分を褒めてやろう。

普段はなかなかありつけない自己肯定感を、自分に味わわせてやろう。

それは、低い崖を登っても、浅い谷を渡っても手に入るもの・・・

自分が生きて存在していることに、やみつきになるくらいの爽快感を与えてくれるものなのだから。

 

 

本件詳細は⇒ゴミ部屋の片づけ事例55