これまでの高温記録が更新されている通り、今年の夏は、一段と暑いらしい。

「らしい」というのは、例年に比べて特段の実感がないから。

“汚い!””クサい!”“キツい!”は毎夏同じことで、気温が記録的に高いからといっても私にとっては大差ない。

また、現場の凄惨さから言えば、昨年の方が酷かったような気がする。

もちろん、特掃隊長が「今年は、ちょっと物足りねぇなぁ・・・」と不満に感じているわけではないと思うけど。

仮に、“彼”が「物足りない」って感じているとなると、自分が強くなっていることを喜ぶべきか、変態的になっていることを危ぶむべきか悩むところだ。

 

そんな夏の今時分、夏休みをとっている人も多いよう。

恐れ多いことに、世の中には、8月9日(土)~8月17日(日)九連休の人もいるらしい。

そんな人達は、旅行や帰省、遊興や飲食、自宅でのんびり、それぞれに暑い(熱い)夏を過ごしているのだろう。

ちなみに、今月、私は8日(金)に休みをとり、次は18日(月)の予定で、月内にあと一日くらいはとれるかも。

それも、たまった私用でアッと言う間に終わる。

半分、好きでやっているようなところもあるけど、年を追うごとに気温は上がり、年を負うごとに身体は衰え、更に、休みは前述の通り。

このトリプルパンチを受けて疲弊しないわけはなく、私は、逆ギレする力も失くし、夕方、退社する頃には“抜け殻”のようになる。

そして、朝、出社する頃に、再び“身”を入れていくのである。

 

 

私の仕事は屋内作業が多い。

屋外は、飛び降り自殺とか、動物死骸とか、遺品の運搬とか、それくらい。

しかし、屋内といっても、エアコンを利いた涼しいところはほぼなく、外の方がよっぽど涼しい現場も多々。

エアコンは動かせず、窓も開けられず、熱気に近い重異臭が充満する中で、ハエが飛び回り、ウジが這い回り、逝った人が置いていった汚物が広がっている・・・

スゴ~く!不衛生で、スゴ~く!クサいサウナに入っているようなもの。

サウナが苦手な(怖い)私は、本物のサウナに入ったことはないのだが、この“蒸腐呂(むしぶろ)”には何度も入ったことがある(こっちもまあまあ怖いけど)。

本物のサウナで味わえるのは快感、“蒸腐呂”で味わわされるのは怪感。

本物のサウナは心身が整うそうだが、“蒸腐呂”は心身が乱れる。

玉のように噴き出してくるのは快汗ではなく冷汗か脂汗。

どう見ても心身には悪そうだ。

 

当社の夏季ユニフォームは、上は半袖のポロシャツ、下は作業用パンツ。

シャツの色は、男は黒、女は赤。

作業時は、全身がビショビショになるくらいに汗をかく。

作業が終わると、それが徐々に乾いていくわけだが、黒いシャツだと、身体が塩を吹いた様がよくわかる(襟や袖口に白塩が浮き出る)。

「人間の身体には、本当に塩が入ってんだな・・・」と感心するやら、

「ここまで働いて、何になるのか・・・」とジッと手をみるやら、

達成感・充実感と疲労感・虚無感が交錯する中、そう遠くはない”限界”が見え隠れしている。

 

 

元来の私は、“熱しにくく冷めやすい”性格。

「冷めたヤツ」

高校時代は、周囲から特にそう言われていた。

事実、何かに熱くなることはなく、冷ややかでいることがほとんど。

自分の壁とは安易に妥協するのに周囲に対して妥協するのはヨシとせず、

自分の弱さには簡単に迎合するのに周囲に迎合するのは敗北と捉え、

協調性がないことを孤高と勘違い。

部活は“帰宅部”、学校やクラスのイベントにも非協力的。

体育祭は三年間とも当日バックレ。

「バカバカしくてやってられるか!」

そんな気分だった。

 

その頃に比べ、今は、少しは“体温”を帯びてきているように思うが、それでも、その後遺症はある。

「冷めている」というのとはちょっと違って「心が硬直している」といった方がシックリくるかも。

死を迎えた身体が硬直するように、心が死んでいるからそうなのかもしれない。

若者に多い文化なのかもしれないけど、今どきの人は、中高年でも“推し”を持っているのが珍しくないそうだが、私は、そんなもの持っていない。

好きなもの、応援しているもの、夢中になっていること、熱中していること等、心を熱くするようなことは何にもない。

 

しいて言えば・・・

私が没頭しやすいのは“特殊清掃”。

決して、好きでやっているわけではないのだが。

「他に引き受けてくれる人(業者)がいない」といったHelp!系のヤツは特にそう。

しかし、初見の現地調査の段階では、「やりたくない」と「やるしかない」と、気持ちは半々。

至極凄惨な汚損を相手にするわけだから、やむを得ない。

その後、正式に依頼(契約)を受けると、「やるしかない」という状況に追い込まれる。

同時に、「やりたくない」という気持ちは隅に追いやらなければならない。

代わってやってくれる者がいるはずもなく、逃げ場は完全になくなる。

ただ、その時点ではまだ、「だったら俺がやってやる!」といった漢気は影も形もないのである。

 

作業日は、依頼者の要望と私の都合を調整して事前に決めるわけだが、それが決まると、そこからカウントダウンが始まる。

「いよいよ明日か・・・」

前の晩になると憂鬱さが増してくる。

で、不眠症患者の悪癖か、夜中、半分眠りながらも作業の手順を考えてしまう。

合理的・効果的な作業を思案することは、少しでも、自分が傷つかないように、自分を傷つけないようにするためのものでもあるから。

 

現地調査時から作業時、日数があいたりすると、汚染が乾燥したりカビが生じたりして変容していることはあるけど、根本的な汚さにおいて変化はなし。

初見の調査時に強いインパクト(ショック)を受けるのはやむを得ないのだが、作業時は既にそれを知って行くわけだから、少しは心の重荷が軽くなるかと思いきや、そんなことはない。

自然に改善するわけもないのに、「やっぱ、アノ時(調査時)のままか・・・」とガッカリするのが常。

そして、「始めるか・・・」と、憂鬱な気分で作業を始めるのである。

 

 

 

トイレ掃除について相談が入った。

電話をしてきたのは、内装設備の工事会社。

現場は東京隣県、やや遠い某市。

内容は、

「知り合いが持っているアパートの一室がゴミ部屋になっている」

「ゴミを片づけてくれる業者は地元で見つけたがトイレの清掃は拒否された」

というもの。

「きれいにできる?」という問いと、「きれいしてほしい」という要望が相談の要旨だった。

 

事情は理解できたが、作業の可否は現地を見てみないと判断できない。

施工不能という結果も充分にあり得る。

無料の現地調査で無駄足を踏みたくない私は、

「画像があれば送ってほしい」と返したが、

「画像はない」「自分のスマホで撮りたくない」とのこと。

そんな画像ばかりのスマホを持つ私でも、その気持ちは理解。

相手も“冷やかし”のつもりではないようだったので、とりあえず、現地調査には出向くことにした。

 

訪れた現場は、区画整理のされていない古い住宅地に建つ老朽アパート。

そこに暮らしていたのは高齢の女性

その女性、歳には勝てず、独居生活が困難になり高齢者施設へ転居。

部屋からは限られたものしか持ち出せず、また、施設にも限られたものしか持ち込めず、ほとんどの家財生活用品は不用品として部屋に残置。

そして、その後片付けは大家がやらなければならないことに。

女性は長くそこに暮らしており、家賃滞納や近隣トラブルもない“善良な居住者”だった・・・はずだった。

しかし、蓋を開けてみると、部屋はヒドい有様に。

「自分ではどうすることもできない」と判断した大家は、知り合いの工事業者に始末を依頼。

しかし、工事業者は内装・設備の改修・修繕が本業。

色々あたって、ゴミの始末を引き受けてくれる地元業者を見つけたものの、トイレ掃除までやってくれる業者に巡り会うことはできなかった。

 

汚いところの特掃は散々やってきていたから「こんなヒドイの見たことない!」というようなことはなかったものの、これまでの施工実績にもとづいた“汚手洗ランキング”でいうとトップクラスであることは間違いなかった。

女性は、何かを詰まらせて流せなくなった状態でも用を足し続けたよう。

で、便器内は糞便尿がタップリ。

このままやり続けるといずれ満杯になり、糞便尿が便器から溢れ出る・・・

それを阻止するため糞便尿をすくい出そうと試みたのだろう、便器には大きめの御椀が差し込まれていた(仮に、すくい出せたとしても、どこに捨てるつもりだった?)。

しかし、残念なことに、椀は“特命”を果たすことなく、そのまま糞便尿に吞み込まれていた(捨てる先がないことに気づいてやめた?)。

「椀は、こんなことに使われるために生まれてきたんじゃないはず・・・」

「本来の役目は、食べ物を盛り付けてもらうことなのに・・・」

「それが、“食べ物だったもの”を喰わされるハメになるなんて・・・」

「その上、無残に見捨てられて・・・」

私は、正体不明になるくらいにまで糞便尿と同化した椀が自分と重なり、何だか可哀想になってしまった。

 

便器の中だけでなく、外側も便座も床も重症。

「まったく、もお・・・」

と愚痴りたくなるくらいの状態。

「どうやったらこうなんの?」

という疑問さえ浮かんでこないくらい。

代わりに浮かんだのは、

「うわぁ~・・・これ、やりたくねぇなぁ・・・」

というもの。

まだ、見積も出さず、正式に契約したわけでのないのに、嘆きに近い拒否感が早々と私の頭を巡った。

 

このトイレを含んだユニットバス、交換すると50~70万円もかかる。

老朽アパートにつき、大家は、新しいものに交換するのはかなりの抵抗があるよう。

そうは言っても空室のまま放置するつもりはなく、最低限の修繕をして、再び入居者を募集したいそう。

特掃の費用は、交換工事にかかる費用の一割~二割程度。

コスパは、こっちの方が圧倒的にいい。

その代わり、原状回復できるかどうかはやってみないとわからない。

請負契約にも「成果保証なし」「原状回復保証なし」といった条件を付けざるを得ない。

それでも、依頼者側は、「やってみる価値あり」と判断。

契約は正式に成立し、施工する運びとなった。

 

 

取り掛かりは、糞便尿の掻き出し。

便器の内部は流線形で奥に向かって狭くなっている。

更に、相手は粘土状。

だから、それを掻き出すには、融通のきかない道具より意のままに動いてくれる手の方が適している。

自分に猶予を与えると躊躇うばかり、勢いが失われていくばかり。

こういう時は、自分に余計なことは考えさせず、テンポよくリズミカルに進めるにかぎる。

私は、手を使う方が合理的と考え、ラテックスグローブの上にビニール手袋を装着。

便器の中に手を突っ込む覚悟を決めた・・・

ところが、不用意にも、私の無意識が、タップリとすくい上げた“ブツ”の触感・質感・重量感をイメージ。

自ずと、頭には、強烈な気持ち悪さと気味悪さが出現。

すると、脳が「No!No!No!No!No!」と急ブレーキ。

防衛本能が働いたのか、動きかけていた身体も直感的にStop!

結局、最終的には手を直に使わざるを得ないことがわかりながらも、とりあえずはスコップ等を使って脳を慣れさせ、併せて身体をウォーミングアップさせていくことにした。

 

凄まじい臭さの中、道具ですくえるだけの糞便尿を掻き出した後は、いよいよ手の登場。

行儀よくカレーを食べるように便器の内側を指で掻き、できるかぎり除去。

最奥の排水穴が露わになったところで手指を“イカ”のように細め、奥にググっと突っ込めるだけ突っ込んでみた。

すると指先に、何か異物に触れているような感覚が。

ただ、厚手のビニール手袋を通してでは、手指の感覚は鈍く“気のせい?”ととれなくもなし。

素手でやれば、もう少し奥に入るし、触れている物の正体が掴めそうなものだったが、さすがの特掃隊長でもそれはできず(できるわけない)。

しばし思案の末、上のビニール手袋だけ外し、ラテックスグローブ一枚だけつけて再チャレンジすることにした。

 

当社で常用しているラテックスグローブは薄手。

その分、素手に近い触感が得られ手指を細かく使える。

ただ、安物を使っているわけではないのだけど、強度はほどほど。

並の使い方で破れることはないのだが、いらぬ力が加わったり、鋭利なものに触れたりすると、わりと簡単に破れる。

で、作業中や作業後、「気づいたら破れてた(-_-;)」といったこともたまにある。

「守られている」と思っていた地肌が、「実は守られていなかった」ということが判明したときの怒りと悔しさ、悲しみといったらもう・・・察してもらえるか。

素手に比べたら間違いなく安心だけど、これ一枚をつけただけで重汚物に触れるのは ちょっとしたスリルがあって 何気に勇気がいるのである。

 

“ラテックスグローブ一枚作戦”は功を奏し、異物が指先に引っかかった。

私は、「逃してなるものか!」と、人差指と中指を“イカゲソ”から“箸”に変身させ、

手がつりそうになるくらいの力を指先に込めて“獲物”を挟み、

「離してなるものか!」と手前へ数cm引いた。

そして、姿の一片を現したそいつを、今度は五本の指でガッチリ掴み、先の読めない重量感と引き換えに“グッ、ググッ“っと手前へ引き寄せた。

 

そうして現れたのはビニール・・・正体は45ℓのゴミ袋だった。

ただ、“ただのゴミ袋”にあらず。

クサくて汚いドロドロを纏ったシワクチャ状態で、“生前”の面影はまるでなし。

「ゴミ袋は、こんなことに使われるために生まれてきたんじゃないはず・・・」

「本来の役目は、汚物を入れることなのに・・・」

「それが、汚物に入れられるハメになるなんて・・・」

「更に、奥に突っ込まれて埋められて・・・」

椀と似たような境遇のゴミ袋だったのに、今度は、同情心は湧いてこず。

私の意識は、便器の詰りを解消させた高揚感に占有され、大物を揚げた釣人のように「ヨッシャ!」とガッツポーズ。

誰も見てないからいいけど、もう、バカ丸出し!だった。

 

便器の詰りを解消したことで、作業の一山は越えた。

しかし、糞便尿を取り除いたくらいで白い便器が戻ってくるわけはない。

固形化した糞便や石化した尿酸、その他 正体不明の汚れがビッシリ。

そいつらを、一つ一つ始末していかなければならない。

特に「色白が好み」というわけではないけど、とにかく、“白”を目指し、ペットを可愛がるように何度も便器を撫でまわした。

根性はともかく、それは根気も手間と時間もかかる作業。

だけど、便器が何事もなかったかのような無垢に仕上がったときは、労苦が報われたような気がして悪くない気分に。

結果、依頼者側も「ここまできれいになるとは・・・期待以上!」と大満足してくれた。

 

 

大したことやってるわけでもないのに達成感を覚える。

汚くクサい身体になるからこその爽快感がある。

くっだらないでしょ?

けったいなヤツでしょ?

でも、私は、こんなことに熱中してしまう。

誰のためでもなく、自分のためでもなく、熱中してしまう。

 

「バカ丸出し」は「無邪気」と解くこともできる。

「熱中」は「夢中」と展じることもできる。

実は、無意識の奥底で、特掃隊長の心は喜んでいるのかもしれない。

頭と身体は萎えていても、心は癒えているのかもしれない。

どういう理屈でそうなるのか、自分でもわからないけど、その感覚はある。

 

もともと冷めているはずの私は、バカバカしくてやってられないはずの汚仕事に熱くなる自分の不可解さを、白旗を上げるように悟り知りつつある。

そして、「こういうのも、生き甲斐の一つなのかな・・・」と、まんざらでもない笑みを くたびれた顔の右に浮かべているのである。

 

 

本件詳細は⇒トイレの特殊清掃事例51