今、PCや携帯電話を持っている人で迷惑メールが来ない人はいないだろう。
SNSを一切やらない私のスマホにさえ、一日、数十通、日によっては百を超える迷惑メールが届く。
ほとんどは自動的に「迷惑メールフォルダ」に弾かれるのだが、一部はそのまま受信。
3~4通だけど、毎日、夜中や早朝にも毎日のように入ってくる。
そして、スマホは枕元にあり、受信したときは着信音が鳴る。
それが、浅い眠りを更に浅くする。
「着信音を消しとけば?」
そう思うだろうけど、仕事の電話は24時間365日入ってくる可能性があるため、そうもいかない(メールの受信音だけ消せる機能があるのかな?)。
時々は電話もかかってくる。
仕事柄、登録のない番号からかかってくることも日常茶飯事なので、知らない番号でもとる(さすがに“0800”はとらないけど)。
気持ち悪いのは、第一声で「〇〇さんですか?」と私の名前がでてきたとき。
個人情報保護法はどこへやら、個人情報がダダ漏れになっている実状は百も承知だけど、名前まで知られていると虫酸が走る。
ただ、仕事の依頼者やその関係者かもしれないから、とりあえず、「・・・はい」と応える。
先に、「ご用件は?」と訊き返したところで、もう本人であること認めているようなものなので、仕方なく「はい・・・」と応える。
その後、相手が名乗って仕事関係でないことがわかっても後の祭り。
“チッ”と、聞こえない舌打ちして、とりあえず用件を聞く。
ほとんど、投資・通信・光熱関係など、ありきたりの営業勧誘。
変わったところでは、地方の物産品の販売営業もあった。
とにかく、どれもこれも興味も必要もないから、さっさと片付ける。
中にはマトモな会社やマトモな商品もあるのかもしれないけど、当事者の承諾なく入手した個人情報をもとに連絡してきた者を相手にして「詳しい話を聞いてみようかな」といった気分になるわけはない。
不正に入手した個人情報をもとに、一方的に電話を入れてくる・・・
違っていたら申し訳ないのだが、特殊詐欺の“かけ子”と重なって、胡散臭さが拭えない。
「部屋の異臭が消えなくて困っている」
春先のある日、そんな相談が入った。
電話の声は高齢の女性。
込み入った事情があるのか、頭が整理できていない様子。
何からどう話せばいいのか考えあぐねているようだったので、一つ一つ私から質問をし、女性がそれに応えるかたちで話を進めていった。
概要はこう・・・
前年の秋、実弟が孤独死
発見はかなり遅れ、遺体は腐敗
凄惨な汚れと異臭が発生
現場は故人所有のマンション
間取りは3LDK、遺体があったのは故人が寝室として使っていた一室
故人は、そこのベッドに横たわっていた
発見のキッカケは、共用通路側の窓に群がる異常なまでのハエの影
管理会社や近隣を巻き込んでちょっとした騒ぎに
特殊清掃・消臭消毒は、マンションの管理会社ではなく、女性が暮らす街にある不動産会社に紹介された業者が施工
遺体汚染はきれいに掃除されている
しかし、ニオイが消えていない
業者にクレームを入れたが「これ以上の消臭は無理」「内装を解体するしかない」「最初からそう説明したはず」言われ取り合ってくれず
結局、部屋はクサいまま
・・・というものだった。
特殊清掃や消臭消毒において、他社の“尻ぬぐい”に参じることは珍しいことではない。
ただ、だからといって、軽率に他社の施工が間違っていたと断じることはできない。
当社を含め、専門業者とはいえ万能ではないから。
他業者が、できる限りの仕事をしたことが伺える現場もあるし、当社が施工しても似たような成果しかだせなさそうな現場もある。
業者の説明不足と依頼者の理解力の限界、業者が想定する成果と依頼者の期待値の乖離、
事後に起こるトラブルの原因は主にそういったもの。
原因になりやすいことがもう一つある。
それは、“メンタル臭”。
やはり、腐乱死体臭は強烈なインパクトがある。
同じ悪臭でも、生ゴミや肉・魚が腐ったものとは成分が違うし、何より精神的なダメージが天地ほど違う。
だから、消臭作業が完了した後の現場において、第三者が「臭わない」としても、メンタルをやられていると「まだ臭うような気がする」となる。
“後遺症”が重いと、「あのニオイが鼻に付いてとれない」「どこにいても、あのニオイがする」となる。
ちょっと脱線・・・
“似臭”として感じることが多いのは食べ物。
本来なら食欲をそそられるはずの美味臭がそう感じられてしまうことがあるのだ。
私自身も腐るほど経験があるから、その感覚はよくわかる。
私の場合、後遺症ではなく単なる職業病だから、それで食欲が減退するようなことはないのだが、それでも、
「ん!? これ、あのニオイに似てるな・・・」
と、一時停止してしまう。
もう30年くらい前のことになるか、大学時代の友人と連れ立って入った飲食店で出てきた割と高めなチーズが、そのニオイにそっくりだったことがある。
そっくり過ぎるくらいそっくりで、“本物”には驚かない私でも その“偽物”にはビックリしてしまった。
記憶が定かではないけど、直径10cm高さ3㎝くらいの円筒木箱に薄紙に包まれた状態で入っていて、その紙は指が濡れるくらい水気を帯びていた。
特掃隊長ジャッジの“似臭ランキング”だと、それが間違いなく一位!
あれから随分の時が流れ、色んな“似臭”を嗅いできているけど、それを上回るものは未だ現れていない(現れなくていいけど)。
話を戻す・・・
前業者は、「これ以上の消臭は無理」「内装を解体するしかない」「最初からそう説明したはず」と言ったそう。
確かに、遺体臭をきれいに消すために内装解体を要するケースは少なくない。
だから、業者の言い分も理解できたし、私が出向いたところで「結果は同じ」ということも充分にあり得る。
とにかく、専門業者が やれるだけやった後なのだから、残留しているとしても軽異臭・微異臭のはず。
また、女性固有の“メンタル臭”である可能性も否定できない。
となると、事実上、このケースは、原則無料で出向く“一次調査”ではなく、費用が発生する場合がある“二次調査”にあたる。
現場を視に行くだけのことでも、移動交通費や半日分の人件費などコストはかかる。
そのため、私の頭には、「かかる経費分くらいは負担してもらわないと割に合わない」といった考えが浮かんでいた。
そんなところに、女性は、
「息子が色々調べてくれて、“そちらの会社がいい”と勧めてきまして」
「今、お話ししただけでも、ちゃんとした仕事をなさっている方だとわかりますし」
「間違いのない方に視ていただきたいものですから」
等々、耳触りのいい言葉を羅列。
煽てるつもりはなかったのだろうけど、それは、承認欲求の強い私の“急所”をグサリ!
結局、私は、女性の“ヨイショ”に自ら“ヨイショ”と乗っかって、無料で現地調査に出向くことにした。
調査の日。
訪れた現場は、東京隣県に建つ大規模マンション。
長閑なところだったが、都心まで片道一時間~一時間半くらいの通勤圏内。
しかも、駅が至近の好立地。
建物は、「高級」という程ではないものの、1Fエントランスにはソファーセット等が置かれた談話スペースもあり、その空間は天井が吹き抜けたようなデザイン。
「コンセルジュ」はいなかったものの、管理人室の前にはホテルのようなカウンターが設けられていた。
ただ、高級感が漂っているのは1Fエントランスだけ。
他は、地味なデザイン&シンプルな構造。
庶民が憧れを抱きつつも、売却価格は富裕層でなくても手が届くよう工夫されたマンションだった。
現地に現われたのは、二人の老齢女性。
一人は電話で話した依頼者の女性、もう一人はその妹。
事の経緯は、既に電話で聞いていたし、あらためて訊くと長い話になりそうだったので、あえて触れず。
その代わりに「こんちには」ではなく、「お疲れ様です」と、ちょっと気さくに挨拶。
すると二人は、弟の孤独死腐乱を指してか、前業者の仕事ぶりを指してか、
“ホント、とんでもない目に遭ってあってしまったわ”
と言わんばかりの愚痴っぽい愛想笑いを浮かべ、
「わざわざありがとうございます」
「頼りにしてます」
と、足労をねぎらいつつ、再び“急所”を突いてきた。
玄関の鍵は女性が開錠。
そして、「どうぞ」と、私にドアを引くよう促した。
“あっても微異臭、もしかしたらメンタル臭?”と思いながら参上した私。
油断しまくりの無防備状態。
ところが!、玄関を開けると、いきなり異臭パンチが炸裂!
強烈な異臭が私の鼻と意表を同時に突いてきた。
もう、「何となく臭う」とか「臭うような気がする」といった生易しいものではなく、完全に臭っている。
故人がいた寝室は特に深刻で、私は思わず、
「(消臭作業)本当にやりました!?」
「これじゃ、何もやってないのと同じですよ!」
と、声高に。
女性を責める筋合いはないのに、責めるようにテンションを上げてしまった。
一方の女性も“責められている”みたいに感じたのだろう
「“とにかく、早く何とかしないといけない!”と慌てていて・・・」
「知り合いの不動産屋さんの紹介だったから間違いないと思って・・・」
と、言い訳をするように説明。
その業者が、特殊清掃と消臭を施工したそうだったが、結局、異臭はそのまま残留。
「業者も当初はそんなつもりはなかったんでしょうけど、結果的には、騙されたと同じですね・・・」
と、テンションが下がり切っていなかった私は、冷たいコメントを配慮なく返した。
施工した業者について訊いてみると・・・
やってきたのは、40代くらいの男性で、礼儀正しく特段の胡散臭さは感じず。
知人からの紹介ということもあり、はじめから正規の業者だと信じていた。
また、「早く何とかしてほしい!」といった気持ちが強くて、他の選択肢はまったく頭に浮かばず。
受けた説明は具体的に覚えておらず。
ただ、「部屋は元通りになる」といった類の言葉に大きく気持ちが傾いたのは覚えていた。
業者が置いていったものを見せてもらうと・・・
名刺はPC自作。
個人名の他に会社っぽい名称が記載されていたが法人ではなさそう。
ネット検索しても出てこず。
見積書も市販汎用品。
書いてあることを見ても、とても作業内容が読めるようなものではなく、“何屋”なのかハッキリせず。
想像するに、特殊清掃業ではなく、不動産会社や工事会社の下請けでやっている個人事業のハウスクリーニング業者ではないかと思われた。
重異臭が残留しているということは重汚染もあったはず。
しかし、寝室の床に目立った汚染痕はなし。
フローリング材の継目(溝)部分をよく見れば、わずかに遺体系汚物か生活上のものか判別できないくらいの汚れが確認できるくらい。
フローリングの濃ブラウン色が汚染痕を目立たなくしているとも考えられたが、遺体液の大半は寝具やベッドマットが吸収したはずで、もともと汚れていなかった、もしくは、汚れていても軽微なものだった可能性の方が高かった。
つまり、「業者の清掃技術が高かったから床がきれいなのではない」ということ。
それに対して異臭は重症。
消臭について、実状は「やらなかった」のではなく「できなかった」。
経験も知識も技術も装備も何もない中で、業者は、考えつく作業を試みたはず。
しかし、考えついたのは粗悪な誇大広告消臭剤をネットで買ってふり撒くくらいのことだったと思われた。
あまりにお粗末・・・の割に、料金は高額。
業者は女性を侮り、女性は業者に侮られ・・・
紹介者との人間関係もあるし、揉め事も避けたいし、結局、女性は泣き寝入るしかなく・・・
そそくさと、業者は消えていき・・・
女性の胸中と部屋に残った不快なニオイは、もはやどうすることもできない状況になっていた。
故人(二人の弟)には妻子がおらず、このマンションを含めた遺産は 女性姉妹が相続。
部屋は空になっているし、内装設備はきれいだし、遺体汚染痕はないに等しいし、問題はニオイだけ。
ただ、仮にニオイが消えても、孤独死・腐乱があった事実は消えない。
どちらにしろ「事故物件」とされてしまう。
だったら、このまま売却するのもあり。
そうすれば、これ以上、二人はストレスを抱えずに済む。
しかし、二人は、ニオイが残っていることをどうしても受け入れられないようだった。
異臭の有無が部屋の査定額にどれだけ影響するものかは定かではなかったけど、少なくとも、買い手の心象には影響するはずだった。
ただ、二人は、ニオイを消して少しでも高く売ろうと欲をかいているのではなかった。
それは、故人の名誉を考えてのこと。
故人が悪事を犯したように捉えられるのは耐えられない・・・
亡くなり方の悲惨さや部屋の凄惨さばかり強調されるのは悔しい・・・
事故物件とされるのは仕方がないにせよ、無闇に、他人にネガティブな心象を抱かれたくない・・・
二人にとっては、ニオイを除去することと故人(弟)の名誉を守ることが重なっているようだった。
“息子推薦”であっても、二人は、当社(私)のことをいきなりは信用せず。
細かすぎる質問、繰り返される質問から、それが感じ取れた。
ただ、それで不愉快な気分にはならず。
信用できないのは前業者にダマされたから、探ってくるのは信用の材料を集めようとしているから。
協議は長々としたものになったが、私は、どんな質疑にもキチンと応答。
この仕事、自慢はできないけど自負はある。
二人の信用を得るための材料は豊富にあった。
その結果、あらためて当社が消臭作業を施工することに。
そして、相応の手間と時間と費用を要しながらも、故人が残したニオイと女性姉妹の憂慮は消えていったのだった。
「職業に貴賤はない」と言われるが、それは一つの見方。
違う側面から見れば貴賤はある。
卑下しているわけでも 僻んでいるわけでも 拗ねているわけでもなく、事実は事実として、そう思う。
で、言うまでもなく私の仕事は“賤”の方に入る。
特殊清掃業者・遺品整理業者が数えきれないほど涌いている近年では薄らいできていると思うけど、従事している者が“わけあり”“ヤバい奴”等の印象を持たれやすい実状もある。
私のことを「胡散臭いヤツ」と感じる人は、自分が思っているほど少なくないかもしれない。
事実、私はクサい男。
汗脂臭・腐乱臭・ゴミ臭・糞尿臭・動物臭・・・年柄年中、悪臭にまみれているので。
おまけに、ここ数年は、厄介な加齢臭まで。
更に、「吐く(書く)セリフ(文章)もクサい」ときてる。
この仕事、この齢、この性分だから仕方がない。
ただ、それらの異臭だけでなく、時々は、自分に浸みついた胡散臭を省みて、消臭を試みてもいいかもしれない。
そしたら、意外と自分の芳香がわかるかも。
更に、それが“素の自分”だったりしたら めっけもん。
自分の芳香を探さず、自分の芳香に気づかず・・・
自分を嫌い、自分を軽んじ、自分を蔑んでばかりじゃ、人生がもったいない。
何より、自分の“命”が可哀想。
だから、今日も、私は“クサい”ことばかり考えては 一人頷いているのである。