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この前に、Upしたのが、”三日月娘”があるけど、最初に歌ったのは東京放送合唱団。

藤山一郎はその後。なので省略。

 

”静かな夜のビギン”がラジオ歌謡だったというのを知ったのは、楽譜を買ってから。

言われてみれば、垢ぬけたセンスのある曲は、確かにラジオ歌謡。

岩谷時子 作詞、原 六朗 作曲、織井茂子 唄。作曲の原六朗は、『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、

(略)

 多くの歌手の作品を書き、主にポップス調の音楽を手がけた。また作

 詞センスもあり、作詞家としても活躍した。1950-1960年までは

 コロム ビア・レコード、1960年からは当時設立された東芝レコード

 へと移籍し た。モダンな明るい音楽を好み、演歌を作曲することを

 嫌っていたため、東芝移籍後に演歌の注文が多くなると仕事に嫌

 気が差し、仮病を使い、徐々に一線から身を退いていった。

 映画は江利チエミ主演の人気映画「サザエさん」シリーズの映画音

 楽など、(略)。

 2001年11月6日、下咽頭癌のため死去。享年86。

 

とある。

私が知ったのは、”巴里の夜(二葉あき子)(藤浦洸作詞)”が最初で、”サビタの花(伊藤久男)(大倉芳郎作詩 ) ”もあった。

とくに”巴里の夜”は、”水と情けはながれてゆれて 末はどこかできえるもの”という詩が耳に残っている。

織井茂子の歌が好きで、クラッシクを聞く傍ら、聞いていた。

この曲の、せわしなくない、ゆったりとした、流れるような、たまらない。

 

、

 

中学1年の時、バレーボール部の友達が”だまってうつむいてた おさげがみ”のところを好きで

歌っていた。そのイメージのせいか、そんなにいい曲だと思わなかった。それと3年生の先輩が

高校3年生を何かあると集まっては歌っていた。変な歌と聞いていた。

歌謡曲はなんてで、クラッシクを聞き、片方でバレーをやっていた。

 

だから、白い花の咲くころ、をいい歌と思ったのは、20位のときに、ラジオ歌謡の楽譜を

買ってその中に入っていたとき。岡本 敦夫の歌で聞いたのも、あとで高い音が出にくく

なっていたころ。

 

 

あの時の、のアクセントが勝手に覚えていたせいか、今聞くと気になった。

 

 

最初、歌われたのは昭和24年8月で、作曲者の八洲秀章の歌で

ラジオから流れた。

昭和26年にレコードが伊藤久男の歌で2番が略されて発売された。

NHKオリジナルのは、いつ録音したか分からないが、フルコーラス歌われている。

考えるに、レコード発売までに2年近くあるから、この間に、ラジオ歌謡で伊藤久男

で歌われたのだろう。

 

レコードは女性コーラスが入っているが、それがない。

 

伊藤久男にぴったりの曲。声が傷む前のきれいな声で録音されている。