東大?教養? | The life is time killing till I die.

東大?教養?

深夜のNHK教育で、爆笑問題が東大の小林教授と駒場で講義型トークショーをやっていた。
教養の必要性について激論を交わしていた。
トークの内容は自分がすごく興味を持っている分野だったし、自分が学校で受けている講義よりよっぽどためになるし、よっぽど面白かった。

けっこう自分は前々から考えていたことだったんだけど、爆笑問題達も同じようなことを考えていて、そしてそれが講義として話されていることが嬉しかった。

それは、教養とはコミュニケーションツールだということ。
多分これは以前ブログに書いたことがある。

コミュニケーションをとるためには、お互いに共通する認識が必要で、教養とはその共通性を形成するためのものだということ。
簡単にいえば、共通の言語がなければコミュニケーションなんて成り立たない。
爆笑問題の太田光は、マスコミ、メディアとはそういう共通認識が前提にあって成り立っていると語っていた。

だから、知識を多く溜め込みひけらかす事が教養ではなくて、共通性の中にある誤差を柔軟に受け入れ対応できる力こそが教養だと思う。
その意味で、東大教養学部の意義というのは、誤差のある共通性を深化させ、根幹にある真理を追い求めるところにある。

そこで、昨日テレビで「この番組は勉強が好きな人しか見ない」という前提で質問していた東大生は、頭悪いと思った。
何万という人の価値観を限定、画一化してしまったから。

違うよね。
勉強好きじゃなくても爆笑問題が好きで見てる人だっているだろうし、教育テレビ見てたりザッピングしたりで見てる人だっているじゃない?
テレビってそういう公共のものじゃん。

そして、視聴率とは多様な価値観の数値化なわけ。
みんな好き嫌いがあるから視聴率100%なんてアリエナイわけで。
良くて20%、つまりどんなに頑張っても国民の1/5しか振り向かせることはできない。

で、そんな無限の価値観の中から、日本人としての普遍性を、人間としての100%をさ、いろんな観点からアプローチしてほしいんだ。

それは、やっぱり東大が一番近いところにあると思うんだよね。
教養が広いし、小道具としての知識も豊富だし、何より論理の展開力が半端ないから。

ってこれもかなり自分勝手な意見だと思う。