なんとなく | The life is time killing till I die.

なんとなく

「なんとなく」の意味というか価値みたいなものを、最近ちょっと考えています。
「はっきりしていないが何か」というニュアンス。

この「なんとなく」とかいう言葉は、なんでだろうか、よく聞く。
結構、何気ないことに理由を求めると、そう返ってくる。
これはとても日本人的だと思うわけで。

よく分からない。

「なんとなく」とはいっても、何かしら理由は絶対あるはずだから。
ある意思決定がなされた上でアウトプットされてるはずだから。

ただ具体的に意味を求めることに煩わしさがあるんじゃないだろうか。
有耶無耶のまま、漠然と、どちらともつかない、それでいいじゃんってことになってて、じゃあいっかってことになってる感じがして、それが「なんとなく」日本人的だと思う。

あと、「なんとなく」にはある種独善的なところもあると思う。
「なんとなく~した」とかいう場合には、精神的・物質的に自分にメリットがあるという心理が自分でも気付かぬところであるから為されるような気がする。

で、社会的にそれが悪であったりするために、自衛的に「なんとなく」という表現を用いるのではないだろうか。

ま、そんなとこだ。

しかし、就職活動は、そういった「なんとなく」をすべて排除するところから始まる。
社会では「なんとなく」は許されがたい。

そこで「なんとなく」は子供の特権なのかとも思う。
まだ思考が単純で、周囲もある程度理解できるから許容されているような。

はっきり言って、まだまだこんなのは一面。
考えるのは楽しい、奥が深い。

とりあえずスノボに行ってきます。