音に乗せお取り寄せ 気持ち | The life is time killing till I die.

音に乗せお取り寄せ 気持ち

今、ちょっと再確認していることがある。

周りが遮断されるくらい大きなボリュームで、しかも低音を心地よく響かせた音に包まれることはなんて気持ちのいいことなんだろう。

ということ。


こんなんクラブじゃなきゃ大音量・重低音なきゃ無理だろうけどさ、まぁ学校の部室で独り聴き浸ってるわけよ。

ちょうど今、Nujabesの「Metaphorical Music」を聞き終わったとこ。

今度はQuanticの「Mishaps Happening」を聴こう。

終わったら何を聴こう?

あー、ヤバイ。

やっぱ気持ちいいね、コレは。


なんつーの?

イケイケでブリブリで、なのにリラクシング。


あー、ポータブルミュージックプレイヤが物凄くほしくなってきた。

というか前のCDポータ壊れてから今までないってのが可笑しいだろ俺にとって。

あぁ~ピアノも弾きたくなってきた。


…。


ちょっと真面目な話をするとね、今日はリクルートMCっていう、まぁいわばリクルートの制作担当会社の説明会に行って来たわけですよ。

意外と人(特に女性)が多くてビックリでした。


まぁなんだろう?

制作の話を聞くと、ときめく自分がいる。

やっぱそういうモノヅクリってめっちゃ楽しそうやなぁ~って。

コレも改めて実感したわけですよ。

制作、イイッ!みたいな。


最近ね、ちょっと人材とかのコンサル系やITとか行ったりしてたけど、なんか違うんよ。

その~、カタチにならないって感じがして。

確かに、俺は人に頼られるのは好きだし、そういう点では人材もいいのかな~って思ったり、メディアのメインストリームになるITは無視できね~だろって思ったりするから、自分の志向の方向性は合ってるとは思うんだ。


でも、アウトソーシングなんかは人ありきというか、人しかないというか、ホントに無形なもの。

ITは画面越しの無空間にあるものだし、第一画面がなければ存在し得ない。

なんとも虚空なもんだ。

俺は頭悪いから、ちゃんとカタチがあったほうが、結果として嬉しい。


で、やっぱり制作したいなってことになるわけよ。

ただ、俺は結構思い込み激しいから、クライアントの意思をフルに汲み上げて、それをアウトプットするってのがあまり得意ではない。

結構自分の価値観を盛り込んでしまう。

極端な話、自己中心的。


なんだろな、理想はセルフィッシュなプロダクトアウトが、実は世間のニードだったってのがベストだよね。

だったら雑誌出版社行けって話だけどさ。


ただ自分を、心をもっと解放したいって気持ちは多分にあるから、例えばRMCのようなコンサルに近いスタンスのようなところで働きたいとも思う。

やっぱ他人は自分を写す鏡だからさ。

あ、そうそう、最近ちょっと感じることがある。

「他人は自分を写す鏡」ということは、他人にとって自分はその人を写し出すものってことでしょ?

なんか”俺あの人写してんなぁ”ってのがなんとなく分かるようになってきてる自分がいる。


すげぇ笑顔で話しかけてきても、「こいつめっちゃ曝け出してんなぁ」とか「内面ではなんか疑ってかかってきてるっぽい」みたいのを感じるんよ。

表面的に良くても実はすげぇ用心してるとか。


それが全部俺が写し出された結果だったらまた無意味なトークになってしまうけどさ、まぁ多少なりともそれもあると思うけどさ、結局は相互関係だからさ。

相当精神面での苦難が生かされているように思ったわけ。



話がずれた。

とりあえずね、いつでも制作に惹かれちゃう人間。



もう見まいとすればするほど、強く惹かれてしまう。