no use crying over spilt milk. | The life is time killing till I die.

no use crying over spilt milk.

よく考えたら、自分の人生後悔しかしてないな。
多分良い思い出もいっぱいあるはずなのに、悪いことばっかりが頭を過る。

スポーツするにしても、勉強するにしても、何するにしても、楽なほうへ、楽なほうへ、選択肢から選んでいて。
後に残るのはそれなりの結果と悔しい気持ち。

悔しい気持ち。

それは今の自分が苦しくて、「あの時ああしておけば今こんな思いしなくていいのにな」って気持ちだったり、「どうせこうなってたんだったらあの時もっと頑張っておけば良かったな」って気持ちだったり、いろいろ。

そうやって、過去に切り捨ててきた様々な可能性を秘めた自分を、思い出し、掘り返そうとする。
掘り返したところで、もう手遅れなのは分かっているんだけれど、掘り返そうとする。

頑張ったら、充足感と引き替えに、疲弊する。
精神的に、肉体的に。

頑張らない努力がしたい。
頑張って充実も進展もしているけど、疲れないような努力。
過去に一つだけ、そういう感覚を覚えたことがある。

ピアノ。
自分の発表会の曲や、学校の合唱コンクールの練習。
期間が短くても、すごく難しくても、練習がイヤだと思ったことがない。
ガキの頃はあったかもしれないけどね。
結果も本番で失敗した以外は、後悔すらない。

最近はピアノも弾かなくなって、かつて感じた比類なき達成感も、最早その感覚を忘れた。

残ったのはそれ以外における後悔である。

努力に見合った結果や達成感に恵まれないと勝手に嘆く。
それは努力が足りないからと自分に言い聞かせる。
ならもうこれ以上は…と手放す。

そうやって自分のまだ見ぬ限界から目を背け、弱い自分を正当化する。

指がピアノを欲している。