酒コミュニケーション
昨日確執って書いたのは拡大解釈しすぎだな。
やっぱり各世代ごとのカラーはあって当然。
で、それぞれの世代で、それぞれの解釈があったんだろうな。
注意すべき点は、それぞれが善意であったということ。
ただその善意のカタチが世代間で異なっていたため、別世代の不安が募っただけなんだ。
ただ解釈論では共通理解は生まれにくいんじゃないだろうか?
そんなのは所詮水をかけあうだけの話だから。
そこではやっぱり直接のコミュニケーションが必要になる、と思う。
子は親を見て育つように、後輩は先輩を見て学ぶ。
しかしうちの大学は1・2年と3・4年でキャンパスが違い、上級生と下級生が接する機会が極端に少ないため、見る(見られる)こともあまりない。
。
2年のときは、ちゃんとやっていると思っていても、3年になると何か足りなかったような気がする。
その何かを伝えたいのに接する機会が少ない。
しかも理想は後輩が感じ取ってくれること。
しかし姿を見せられない。
その何かの感じ方も人それぞれなんだから、言いたいこと言うだけの話し合いなんかじゃ意味をなさない。
大抵は、いやな気分が残るだけ。
呑んだくれの僕としては、酒を交えて話すほうが、理性のネジも弛んで、ホントの本音が出やすいから、そっちのほうがいい。
それでその思いを受け止める度量の大きさがコミュニケーション力だ。
だから僕は話し合いの場ではずっと疑問は残ったままだったし、当事者を連れて飲みに行こうと考えていた。
実際、酒の場のほうが本音を聞けたし、自分の本音も言った。
そして考えさせられたし、考えさせたと思う。
思惑通り。
ま、そんなとこだ。
焦点がどこか分からない文章だ。
一つは、体裁を取り繕うだけの話し合いに意味はない、ということ。
もう一つは、コミュニケーションツールとしてのアルコールは、意味があるということ。
やっぱり各世代ごとのカラーはあって当然。
で、それぞれの世代で、それぞれの解釈があったんだろうな。
注意すべき点は、それぞれが善意であったということ。
ただその善意のカタチが世代間で異なっていたため、別世代の不安が募っただけなんだ。
ただ解釈論では共通理解は生まれにくいんじゃないだろうか?
そんなのは所詮水をかけあうだけの話だから。
そこではやっぱり直接のコミュニケーションが必要になる、と思う。
子は親を見て育つように、後輩は先輩を見て学ぶ。
しかしうちの大学は1・2年と3・4年でキャンパスが違い、上級生と下級生が接する機会が極端に少ないため、見る(見られる)こともあまりない。
。
2年のときは、ちゃんとやっていると思っていても、3年になると何か足りなかったような気がする。
その何かを伝えたいのに接する機会が少ない。
しかも理想は後輩が感じ取ってくれること。
しかし姿を見せられない。
その何かの感じ方も人それぞれなんだから、言いたいこと言うだけの話し合いなんかじゃ意味をなさない。
大抵は、いやな気分が残るだけ。
呑んだくれの僕としては、酒を交えて話すほうが、理性のネジも弛んで、ホントの本音が出やすいから、そっちのほうがいい。
それでその思いを受け止める度量の大きさがコミュニケーション力だ。
だから僕は話し合いの場ではずっと疑問は残ったままだったし、当事者を連れて飲みに行こうと考えていた。
実際、酒の場のほうが本音を聞けたし、自分の本音も言った。
そして考えさせられたし、考えさせたと思う。
思惑通り。
ま、そんなとこだ。
焦点がどこか分からない文章だ。
一つは、体裁を取り繕うだけの話し合いに意味はない、ということ。
もう一つは、コミュニケーションツールとしてのアルコールは、意味があるということ。