就球2日制(特に意味なし) | The life is time killing till I die.

就球2日制(特に意味なし)

夜に、フリーペーパー制作のお手伝いしてそのまま、気が付いたら午前3時くらい。
あのフリーペーパー、面白かったな~。
とか思いつつ。

コンフェデやっていた。
アルゼンチンVSメキシコ。

久しぶりにマジマジとブラウン管を覗き込んだ気がする。
アルゼンチンとメキシコの拮抗した試合は、寝呆け眼を見開くほど引き込まれた。

どちらも自分達の攻撃をフィニッシュさせるために最大限のプレーをしている。
俺は別にサッカーに詳しいわけではないけど、そう感じずにはいられない。

試合は、延長前半にメキシコが初めて得点し、後半にアルゼンチンが巻き返した。
フェゲロアはハゲだ。

最終的にはPKでアルゼンチンが勝った。

心情的には、知っている選手が多いこともあって、アルゼンチンを応援してた。
アイマール久しぶりに見た気がする。
でもどっちが勝とうが、俺には全く影響はないし、興味はなかった。

俺が見入った理由、それはプレーの質、唯一つ。

つくづくサッカーはイマジネーションとそれを実践するスポーツだと思った。

例えばサビオラは二人に囲まれたその最も狭い部分を抜けた。
盲点を衝いた。

そのイマジネーションに感服した。

人が引き込まれる最も基本的な要素は、予想を裏切ることだ。
予想を裏切る展開や予想を裏切る身体能力。

そうすることで、人は驚いて、魅了される。

昨日のアルゼンチンとメキシコにはそれを感じた。

ほぼ完全にシステム化された今の日本では、予想を裏切られることは少ない。
しかもプレーが予想の範囲内であるために、容易に対処される。

動きの中での得点が少ない理由だ。
逆にセットプレーでは対応する前に終わってしまうため、それなりの結果を残している。

中田(英)は分かっていた。
サッカーはシステムでやるもんじゃないって言っていた。

そんなんじゃいつまでも上には行けないよ。

まずイマジネーションすること。
次に体現する力。
そしてイマジネーションを共有する力。

恐らく、フィジカルが弱くても、これでやっていけるだろう。

というか、そっちのほうが選手も観客も楽しいじゃん。
そうだろ?