
*
もしも、あなたが音楽を学んでいらっしゃって、
人前で「演奏させていただく」機会に恵まれたとしたら、
迷うことなく舞台に立つべきだと思います。
「私のレベルでは、"他人様"にお聴かせできない」と、
不安に取り憑かれてしまっても、それは問題じゃない。
音楽の演奏は、心や想いを伝える手段に過ぎないのだから。
*
「私は、音楽が大好きなのっ!」という気持ちが、
聴いてくださる方に感じていただけたのなら、
あなたの演奏は大成功。それでシアワセではないかしら。
*
確かに"見事な音楽”を奏でるには、
厳しい修行と、絶え間ない学びが必要だけれど、
その苦労の向かう先は、
「みんなに喜びを与えること」のはずでしょ。
音楽することは、ブランド品を身につけて、
周囲から羨望の眼差しを浴びて優越感に浸ることでも、
仙人になるための孤独な精神修養をしているのでもないのよ。
*
だけど、舞台に立つからには、プロアマは関係ない。
心して、あなたの音楽をキレイに磨き上げてください。
聴いてくださる方への感謝の心と、
音楽することの喜びを感じようね。あなたも頑張って!
今日も、よい一日になりますように。
(ende.)

*
もしも、あなたが大変な状況の中に居たとしても、
「きっと大丈夫だよ」と微笑んであげたい。
どんな難題も、積み木やパズル絵を完成させた時や、
あるいは複雑に絡みついた結び目を解くように、
粘り強く努力を続ければ、必ず何とかなるはずだもの。
*
ジブンが試されている場面で頑張らなければ、いつ頑張るの?
目標と方法が正しければ、前進あるのみ。
最悪なのは、周囲の環境のせいにすること。
途中で投げ出すと、その後悔は、ずっと付いて回る。
この先には笑顔が待っているのよ。さあ、前へ進もう!
あなたは、まだまだやれるはずだもの。
*
だけど、これまでに頑張って来たあなたには、
「頑張れ!」のコトバは掛けないからね。
その代わりに、私にこう言わせてください。
「生きていてくださって、ありがとうございます。
私は、あなたとお会い出来たことが嬉しいのです。」
今日も、よい一日になりますように。
(ende.)

*
今日は朝から、お庭メンテをしておりました。
*
季候が暖かくなって草花が良く育つということは、
その脇で、雑草たちも勢いを増して生い茂ってきます。
地面にお膝をついて、草むしりを無心で続けておりましたら、
1時間が、あっという間に過ぎてしまいました。
*
思えば、雑草たちは各々で違った形があるように、
ちゃんとした名前がつけられているんですよね。
それを"十把一絡げ"に「雑草」と呼んでしまうのは、
如何にも、人間にとって利のあるモノと、
そうでないモノで線引きして、区別している気がします。
*
他にも、私たちの周りには「発酵と腐敗」というコトバが
あるけれど、この2つは自然界の中では違いはない。
納豆やチーズ、お味噌やお醤油は発酵食品と呼ばれていますね。
一方で、私たちは「腐敗」を悪者みたいに感じているけれど、
モノが腐らなかったら、世界はゴミでイッパイになってしまう。
*
そもそも「雑草」や「腐敗」という呼び名は、
人間の都合でそう呼ばれているのだけであって、
それらが、無意味であるとか悪いコトだとは限らない。
そう考えると、どんなものにも
その存在には理由があると感じることができますよね。
たまには、ジブンの尺度を変えてみましょうよ。
今日も、よい一日になりますように。
(ende.)

*
あなたは音楽の練習をなさっていて、
難しい箇所で行き詰まったことがありませんか。
気を取り直して幾度もチャレンジするものの、
そのたびに軽くはじき返される。
自分のカラダのはずなのに、思うに任せない苛立ち。
思わず楽器を放り出したい衝動に駆られてしまう。
「音楽は大好き。でも練習は嫌い。」
あなたの心が弱音を吐いていませんか。
*
けれど、そんな辛い気持ちの中でも
誰かが奏でる素晴らしい音楽に心が揺り動かされて、
「よし! もう一回頑張ってみよう!!」
何だか、勇気をもらえたような気がしますよね。
音楽は姿形がなくて、言葉では表し難い存在だけど、
心ではシッカリと感じることが出来るし、
弱った気持ちを確かに後押ししてくれるチカラを感じる。
どんなに苦しい時でも、音楽で気持ちが起き上がってくる。
それが「音楽が好きだなと思う瞬間」なのだと思います。
*
あなたも、そんな気持ちになったことがありませんか。
さあ、もうひとがんばりしてみましょうよ。
今日も、よい一日になりますように。
(ende.)

*
大人からヴァイオリンを始められた方に、
共通していえるのは「時間がない」ということ。
時間を捻出できたとしても、身体が疲れ果てて
課題曲や練習曲どころか、基礎練習も難しい時がある。
*
そんな時には、ケースから楽器を出して、
左肩の収まる場所に楽器を滑り込ませてみてください。
右手に弓を構えて、全身が映る姿見の前で
フォームの確認なら、ご近所迷惑の時間帯でも、
疲労困憊でも、音楽への尊い愛があれが出来るはずです。
*
あと、これは私のアイディアですけれど、
あなたが音楽をご鑑賞される時には、バヨやバヨ子にも
ご一緒させてあげてくださいませ。
古い時代には、笛で小鳥にさえずり方を教えていました。
素敵な音楽の響きで、楽器を共鳴させてあげるのは、
あなたの楽器が歌を覚えるのに良いかもしれません。
*
本当は、日々の反復練習で身体に擦り込ませることが
一番なのだけれど、それを続けるための忍耐力は、
音を出せない時や、さり気ない時間でも、
あなたの「楽器と仲良くしていたい」という気持ちだと思う。
大人ヴァイオリンの醍醐味は、
「自分で色々と考え、工夫するところにある」のですもの。
ヴァイオリンへの愛を、いつも大切になさってくださいませ。
今日も、よい一日になりますように。
(ende.)

*
たしかに「いつもどおり」というのは安心だけど、
そこには、慣れることで「見えなくなる怖さ」もある。
いつもの道を離れて、脇道に入ってみようよ。
見逃していたものが、とても多いことに気がつくと思う。
世紀の大発見や偉大なお仕事には、失敗や遊び心から
生まれるものが多いことは、よくいわれるお話なんだもの。
小さなことでいいから、慣れ親しんだやり方を変えてみて。
きっと、今まで見えなかったものが分かるようになるから。
*
もしも人生が、神様に仕組まれた"あみだくじ"だとすると、
脇道に入るのは、そこに自分で横線を入れるコトかもしれない。
ほんの小さいことにも、新しいジブンを見出すチャンスがある。
「いつもどおり」に安住していては、何も変わらないのよ。
今日も、よい一日になりますように。
(ende.)



