Ms.Violinistのひとりごと-これからの『正義』の話をしよう
(2011年(平成23年)1月5日(水):毎日新聞(朝刊))
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ベストセラーになった米ハーバード大・
マイケル・サンデル教授の
「これからの『正義』の話をしよう」(早川書房)や、
NHKが放送した同教授の東大講義を見ながら、
私は尾崎豊さんのことを思い出す。
1992年、26歳の若さで亡くなったロック歌手。
「若い魂の代弁者」は愛や自由について、
痛いほどまっすぐ歌い続けた。

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東大でサンデル教授は、「難破船」の話をした。
誰かを犠牲にしなければ生き残れない状況を
どう考えるか。尾崎さんの父、健一さん(84)から
「豊は母親から読み聞かされた『難破船の少年』
という絵本のことをずっと覚えていました」
と聞いたことがある。
嵐に遭って船が沈む。救命ボートにはあと1人しか
乗れない。少年は少女のために沈む船に残る…。
「2歳児の豊が受けたこの感動こそは、
『利他の愛』という彼の生涯の感性」と健一さんは話した。

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サンデル教授は学生たちに
「罪を犯した肉親を当局に通報するか?」という問いも
発している。家族の情愛か正義か。
二者択一を迫りながら言葉の定義を厳格にし、
思索の深まりを求めていた。
一方、尾崎家。覚醒剤のカプセルを自宅のトインで発見し
警察に息子のことを通報したのは、
他ならぬ健一さんだった。
逮捕される息子を見る、父の苦悩を思う。
尾崎家では日々、正義を実践していたのだと思う。

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豊さんが亡くなって18年。
この間、オウムという教団の凶悪事件や、
食品・耐震強度の偽装事件、秋葉原の無差別殺人、
高齢者の所在不明問題などがあった。
それは信じていたものが根底から覆される出来事だった。
寄る辺なき時代だから、多くの人が正義について考え、
本を読んでいる。彼ならいまを、どう歌うのだろう。
激しいロックで真実なき社会を問いただすのか。
それとも悲しいバラードか。

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「罪を犯した肉親を当局に通報するか?」
家族の情愛か正義か。
あなたなら、どうされますか?
(ende.)

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