Ms.Violinistのひとりごと-ガブリエル・リプキン バッハ
(2010年(平成22年)6月8日(火):毎日新聞(夕刊))
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プフィッツナーのチェロ協奏曲第3番イ短調「遺作」が
いかに美しい曲かを伝えてくれたガブリエル・リプキン。
ドヴォルザークの協奏曲を演奏するコンサートと、
プラームスなどを弾くリサイタルでファンを湧かせた。

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イスラエル出身の若手として、
プフィッツナーを選んだのは冒険だった。
ナチス的にとらえられるプフィッツナーはイスラエルでは
ワーグナーと同じく、演奏されない作曲家だったからだ。
「日本からオファーが来たとき、ドイツに住んでいる
ユダヤ人の私がプフィッツナーを弾くコンセプトなら
断ると言った」

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音楽に政治が入ることを激しく拒絶する。
「イスラエルでは長年、ワーグナーが演奏されなかった。
子供心にそれは間違いだと思った。作曲者がどんなに崩壊的な
哲学を持っていても、美しい曲であれば、哲学とは切り離して、
アーティストは伝えなければならない。

今、自分はイスラエルヘ行くとき、持ち曲にプフィッツナーも
入れている。(イスラエル出身の指揮者の)バレンポイムが
ワーグナーを解禁したこともあって、イスラエルでは伝統に
反したことをするのが新しい伝統になりつつある」

「でもそれをプロモーションのスキャンダル戦略に
使う人も出始めている。ユダヤ人の指揮者とオ―ケストラが
ベルリンの壁の横で演奏すれば、マスコミが飛びつく」
と語気を強める。

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ドヴォルザークの協奏曲はファンが待ち望んでいた。
「この曲はチェロをいかに歌わせるか、オーケストラに
負けない音をいかに出すかが難しい」
そのために独自の奏法を追求し、楽器にも改変を加えた。
「金属で作ったエンドピンを曲げて自分が座るイスに
つながるようにしている。音が自分の体を通って
巡回するように。定まったポジションで弾くのではなく、
常に音が有機的に回るのを自分の体で感じたい」

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どうやってそのような方法を見つけたのだろうか。
「いろいろな人に習ったことを書き留めてノートにしていた。
15歳のとき、それを全部練習するのに20時間もかかることに
気づいた。それで自分で簡素化していくうちに、
自分の方法を見つけた。

技術は足すのではなく削っていかなければならない。
でもまだ最終形には到達してない」
「私たちが最後にたよりにするのは作曲家との対話」と語る。
(ende.)

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