
(2010年(平成22年)12月16日(木):毎日新聞(朝刊))
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20世紀は人間による「自然改造」の野心が
破減的な環境破壊をもたらした時代だった。
その最悪の例といえるのが、
旧ソ連による中央アジアの綿花のための灌漑計画だ。
結果、世界第4位の面積の湖だったアラル海の大半が
干上がったのだ。
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「そう、アラル海は干上がるかもしれない。
だが社会主義の勝利のためにアラル海はむしろ美しく
死なせるべきだ!」
当時のソ連政府の専門家はこう言ったそうだ。
しかし、湖の消滅がもたらしたのは生態系崩壊と
気候変動、塩害によるこの地帯の砂漠化と荒廃だった。
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思うままに自然を改造できるという思い上がりが
自然の報復にあうことを人類は学んだ。なのにその世紀も
終わりに近い1997年、日本人は諫早湾の潮受け堤防が
次々に落下する鉄板で閉め切られるのを目にする。
何か「畏れ」に似たものを感じた方もおられると思う。
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この潮受け堤防閉め切りで水質悪化による漁業被害を受けた
とする漁民の訴えを認め、排水門開門を命じた先の
福岡高裁判決だった。
これについて管直人首相は干拓事業を進めてきた国として
上告しない方針を決め、早ければ2012年度に開門調査が
始まることになった。
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ただ開門したからといって水質や生態係が
元通りになるわけではない。開門も影響を慎重に見定めながら
進める大事業となる。また開門に反対してきた干拓地農家への
用水確保や塩害防止にも十分な対策が必要だ。
失敗した「自然改造」は次から次に難題をもたらす。
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なぜ20世紀も末になり、環境と社会の両面にこれほどの
禍根を残す事業が進められたのか。
まさか海の死に「美」を感じる旧ソ連の専門家のような考えの
役人や政治家はいなかったはずなのに。
(ende.)
