
(2010年(平成22年)11月26日(金):毎日新聞(朝刊))
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東京都内の公立保育園の予算が少なく、保育士が自腹で
おもちゃを買って使っているために、保育士の異動があると
おもちゃも移ってしまうという話を聞いた。
以前から教材費は少なく、保育士が牛乳パックでままごと用の
テーブルやいすを作ったり、広告の裏紙を活用していたが、
子どものためとはいえそこまでだとは聞かなかった。
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予算の仕組みが変わり、国が負担していた公立保育園の
運営費の一部が、どのようなことにでも使える一般財源に
組み入れられたのは2004年度からだ。
今年8月、東京特別区議会議長会が国に出した要望書では
2004年以来、財政が厳しく
「多くの自治体で保育予算を減らさざるを得ない」、
「国の進めようとしている規制緩和による詰め込みでは
真の待機児解消にならないことは明らか」
と財政的な支援を求めている。
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以前、ある地方議員は子育てに関して
「高齢者は票を持っているが、子どもにはない」
とけんもほろろだった。
昨年の政権交代で、「子ども」に対するスタンスが変わるのかと
ちよっぴり期待した。「子ども手当」などの手法はともかく、
社会で子どもを育てようという意図はくみ取れる、
とあの時は思った。
でも今、どのような責任を果たそうとしているのかわからない。
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国は10年後をめどに幼保一体化する構想を打ち出したが、
ワーキングチームでは反対論も噴き出し議論が沸騰している。
この過程で語られているお役所用語を読み解くと、
すべての子どもを対象に、低所得者には配慮するものの
保育時間の長さによって保護者の負担額を決める、
財源が確保できなければもっと負担させる、ともなる。
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あの時、子育てへの覚悟を期待したのが甘かったのか。
自分でおもちゃを買いに行く保育士は、
どんな気持ちでおもちやを選んでいるのだろう。
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子ども達には、等しく健やかに生きて欲しい。
「社会全体で子育て」をすることの本当の姿は、
国に何でもお任せするのではなく、私たちに何が出来るかを考え、
実行に移すことが大切なんだと思う。
普段からボランティアで関わり、運営に積極的に手を貸す。
それによって、子ども達を支える地域のコミュニティーも出来る。
私はそう思います。
(ende.)
