Ms.Violinistのひとりごと-佐野洋子 100万回生きたねこ
(2010年(平成22年)11月28日(月):毎日新聞(朝刊))
「佐野洋子さん 絵本作家・エッセイイスト
(乳がんのため11月5日死去:72歳)」
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1950年代の終わり頃、日本はまだ貧しかったけれど、
若者は意気高く元気だった。芸大目指して通っていた
美術予備学校で私は佐野洋子に出会った。彼女は、
素足にスリップオンの靴を履いてフレアスカートを
ひるがえして、何人もの男子を従えて歩いていた。
西部劇に登場する女のようでもあり、サガンの小説に
出てくる娘のようでもあった。

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私たちは、同じ先輩に作品を見てもらっていたが、
2人共デザイン科向けの丁寧で正確な絵を描くのは苦手だった。
彼女の鉛筆デッサンは既に絵画だと私は思った。

私たちは別々の美大に入り、次に会った時は、2人共夫がいて、
彼女には息子もいた。洋子さんは相変わらず自由で、
夫と共にデザイン会社を経営していて、私は絵本を描き始めていた。
私が勧めて、彼女も次々と魅力的な絵本を作った。

私も2人の子持ちとなり、私たちはお互いの家を行き来して、
子どもを遊ばせながら、一緒に料理をしたり服を縫ったりして遊んだ。
私が先に離婚をし、彼女も間もなく夫と別れ、家を建てた。
私も頑張って家を買い、2人は会うと、「私たち同じことしてるね」と、
笑い合い、褒め合う仲だった。

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40歳を過ぎたころから洋子さんは文章を書ぐようになり、彼女の文章は
絵以上に自由だった。一本筋の通った気性が文章を際立たせて、
他人の追随を許さないエッセーを書いた。
絵は家で描くけど文章は外で書くと言っていた。
私の前でもサラサラと原稿を書いてしまうのだった。

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晩年の洋子さんは、うつ病に苦しんでいて、その上がんを患い、
病と共によく生きたと思う。わがままだったけれど、
周囲の人を楽しませて、感嘆すべき人生を送ったと思う。

談話/西巻茅子(絵本作家)
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佐野洋子さまの作品で一番好きなのは「100万回生きたねこ」です。
「自分だけが良ければ」では、何度生き返って来ようとも
幸せになれない。
やっと巡り会えた「白いねこ」に恋心を抱くけれど、
相手にしてもられず、死別の果てに死ねない我が身を嘆き悲しむ。
永遠に死なないことが果たして幸せなんだろうか。
生きるということを深く考えさせられる作品です。
あなたも、ぜひにご一読くださってくださいね。

佐野先生。どうか、安らかにお眠りください。
(ende.)

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