
(2010年(平成22年)7月21日:毎日新聞(朝刊))
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日本人が亡くなる三大要因は、がん、心臓病、自殺です。
このうち、がんについては、近年になってホスピスでの
終末医療の取り組みが徐々に広まっているものの、
まだまだ十分だとはいえません。
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また、終末医療に伴って問題になってくるのが、
本人への「がんの告知」です。
最後まで自分の人生を、人間の尊厳を保って全うしたいと
思うなら、告知は、人生の残り時間を明確に出来ることでは
前向きで有意義です。
けれども、一方で、残りの時間を快適に過ごすための
「緩和医療」の要員が十分ではない日本の現状を目にすると
迷ってしまいます。
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進行・末期がんの患者が抱える苦悩はさまざまです。
一番大切なのは、肉体的な苦痛の緩和です。
なかでも、がんによる痛みを取り除くことが重要で、
医療用麻薬を適切に使うことが求められます。
ところが、日本での医療用麻薬の使用量は、先進国では最低と、
取り組みの遅れが目立ちます。さらに、吐き気や食欲不振、
体重と筋肉の減少、身の置きどころのないだるさなど、
患者さんをさいなむ症状はさまざまです。
こうした苦痛の緩和には、薬剤師、栄養士、理学療法士などの
職種の人たちも大事な役割を担います。
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身体の症状以外にも、つらいことはあります。
不安やうつ状態などの精神的苦痛、仕事、家庭、お金の問題といった
社会的な苦痛、人生の意味や自分という存在そのものにかかわる
スピリチュアルな苦痛などです。
緩和ケアでは、これらを「全人的な苦痛」としてとらえ、
家族を含めて支えます。
精神科医や心療内科医、患者さんの心理面をサポートする
臨床心理士、生活や仕事など社会的な問題も含めた相談に応じる
ソーシャルワーカー、さらには宗教家やボランティアも参加します。
医療現場では、医師や看護師も足りませんが、
それ以外のスタッフ不足も、日本のがん医療の弱点となっています。
プレーヤーの数が足りなくては、チームワークどころでは
ありません。「死を忘れた日本人」が、このような事態を
生んだともいえるのではないでしょうか。
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それでも、私は「がんの告知」を望みます。
お世話になった方々へのお礼、謝らなければならない人達への
「ごめんなさい」を言いたいからです。
そして、凛とした気持ちで「死」と向かい合いたい。
あなたは「がんの告知」を希望されますか。
(ende.)