Ms.Violinistのひとりごと-日本人が知らない世界のすし
(2010年(平成22年)9月5日(日):毎日新聞(朝刊))
「日本人が知らない世界のすし」
福江誠著(日経プレミアシリーズ・893円)藤森照信 評

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以前、海外で現地資本の日本食レストランに入って驚いた。
メニューを見ると「すしのテンプラ」がある。
試しにたのむと言葉どおりのシロモノで、
聞くと、日本の代表的料理二つを合体させれば
お客さんに喜ばれるだろう。とのことだ。

今やとんでもない展開を見せる世界のすし事情を知るのに
かっこうの一冊が出た。
著者は、「東京すしアカデミー」の校長として
多くの外国人に教え、かつ、世界に出向いて
すし動向を観察している。

Ms.Violinistのひとりごと-カリフォルニアロール

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たとえば、チリでちゃんとしたすしを握る日本人の見聞。
「寿司飯がおかゆみたいにやわらかく、
しゃりで手を洗っているんじゃないかと思うような姿で
握っていました。町の料理学校で寿司の講習会があるというので
見に行くと、持っている和包丁の刃はボロボロ、
鍋に酢を入れてごはんを煮ていて、炊き方も知らない」。

こんな事態が生れたのは、もちろん、海外でのすし人気が
ただならぬ盛り上りを見せるからだが、元をたどると
1970年代初頭のロサンゼルスのカリフォルニアロールに行き着く。
リトルトーキョーの東京会館の日本人職人が、
なんとかアメリカ人にも受け容れてもらいたいと、
アボカボを巻いたのがはじまり。

Ms.Violinistのひとりごと-レインボーロール
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以来、日本人には意外だが、握りより裏巻きの巻きずしが
すしとして世界中に広がり、アメリカのカリフォルニアロール、
キャタピラーロール、レインボーロール。
カナダのスパイダーロール。メキシコのタンピコロール。
ブラジルのモンキーロール。フランス、イギリス、ポルトガル、
ロシア、ポーランドなどにもそれぞれご当地大人気ロールがある。

すでに世界に5万店。
アジアにかぎっても、この先10年で10万店は確実。
柔道はむろん、マンガ、アニメの店もここまではいかない。
伝統的なものが、世界に広く根を下すという経験を
日本はしたことがない。
点として散在しても、面として広がるのはすしが初めてとなる。

Ms.Violinistのひとりごと-日本料理店 デュッセルドルフ
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明治時代に日本が洋食を受け容れて以後、カツどん、あんパン、
カレーライスなどなど生れたが、欧米人にとっては
珍品に見えただろう。本当に受け容れると、まず珍品が出現し、
しだいに淘汰されて合うものだけが定着するにちがいない。
ロールはいいが、「すしのテンプラ」は定着して欲しくない。

となると、すしの本質について考えざるをえない。
握ることか巻くことか刺身か、それともショーユかワサビか。
私は、すしの起源からして酢飯ではないかと考えたが、
著者は、握りと刺身とカウンターの三つを根本と見ている。
私が気づかなかったのはカウンターの一件で、世界の料理界でも、
客と料理人が向き合い、言葉を交わしながら材料を選び、
目の前で仕事をする例はほかにない。

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今、世界のすし界を眺めると、握りと刺身とカウンターの三つが
足踏み状態だという。たしかに握りは難しく、
日本の家庭でも、巻いても握ったりはしない。
著者が大事にするこの三つが、はたしてどうなるか。
点としてでも各地に根を下すかどうか。
日本の人が知らないところで、世界のすし界は乱世なのである。
(ende.)

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