Ms.Violinistのひとりごと-千住真理子 CD2
デビュー35周年を迎えられた千住真理子さま。
銘器「デュランティ」とともに歩んでこられた
演奏家人生の紆余曲折について聞いてみた。

*
「今年ででデビュー35周年ですね。
『彼女の伴侶は、ヴァイオリンなのだ』と、お母様が
著書で明かしていますが。」

(笑い)。結婚して子供を産んで、それでもやっていく方も
おられるので、人それぞれでしょう。
ただ、ヴァイオリニストとしてソロをはっていくのは、
やはり精神的にも体力的にも厳しい。
私の場合、9割以上の時間をバイオリンに割いていますし、
何でも同時にできるほど器用じゃない。
ヴァイオリンと結婚するような生き方があってもいいと思います。

Ms.Violinistのひとりごと-千住家にストラディヴァリウスが来た日
*
「お使いになっている楽器はかなり高価で、
多額の借金を負ったそうですね。」

名器で知られるストラディバリウスの一つで、
名前を「デュランティ」と言います。
2002年の夏にスイスの富豪が亡くなった際、
運よく手に入れられました。
少し弾いただけで、その音色のとりことなり、
腹をくくって借金をしましたよ。
「デュランティ」は人生をかけるに値する楽器だし、
そうするのが当然だと思っています。

*
「なんとも、ご自分に厳しいのですね。」

「デュランティ」とステージに立つと、
ものすごく幸せなんですよ。
ああ生きているんだ、生まれてきてよかった、と。
ステージが終わるとさびしいし、
次の本番はさらに頑張ろうと思う。
聴衆と感動を分かち合うための労力は、苦になりません。

*
「でもこのご時世、みんなが日々の生活に追われ、
一つのことを突き詰めるのはかなり難しいのでは?」

頑張ることは何だっていいんです。
ラーメン作りです、石磨きでも、荷物運びでも。
これをやらせたらすごい、と周囲に誉められるぐらい、
とことんやる。世間で成功するかどうかは関係ありません。
一つの頂を目指すと、そこにたどり着いた時、
別の大きな山が見えてくる。
何かを突き詰めてないと、人生の次のページは
めくれないということです。

Ms.Violinistのひとりごと-千住真理子 CD3
*
「今のご活躍からは想像しづらいですが、20歳の時から2年ほど
プロのステージを降りてましたね。」

12歳でデビユーし、「天才少女」と持ち上げられる一方、
どの世界にもあるのでしょうが、
陰でさまざまなイヤな思いをしました。
今の私ならば受け流せますが、当時はそのすべてが
傷となりました。心身ともボロボロになり、とうとう楽器を
続けられなくなったのです。ヴァイオリンは大好きだったので、
人生で一番つらい時期でした。

*
「どうやって、ステージに戻ったのでしょう。」

きっかけは、ボランティアの慰間演奏でした
高齢者施設や障害者施設から、声がかかりました。
最初は固辞しましたが、
「ヴァイオリニストでなく、一人の人間として来てほしいんだ」
と言われ、根負けしました。
久しぶりに弾いたので、びっくりするほどひどい演奏でした。
なのに皆さんは、心から「ありがとう」とおっしゃってくれる。
罪の意識を感じる一方で、どこか救われた気持ちにもなりました。
それまでの私にとって、ステージとは曲芸のような
演奏技術を見せつけて、聴衆にジャッジされる場所でした。
ところが、ボランティアは違う。
演奏が聴衆の心にじかに触れたり、突き動かしたりできる。
「音楽を聴きたい」との聴衆の思いが、ひしひしと伝わってくる。
そうして演奏者と聴衆が一体になって音楽を作るのは、
初めてのことです。こんな世界があるのか、と驚かされました。
ボランティアを重ね、もう一度ステージに立とうと思い直すことが
できました。

Ms.Violinistのひとりごと-千住真理子 四季
*
「プロ復帰後も、さまざまなボランティアに
精を出しておられます。」

15年ほど前の冬には、旧ソ連のとある国に行きました。
客席300人ほどの会場に倍近く集まり、まるで満員電車のよう。
そこで、大人も子供も、目を見開いて、じっと聴いてくださるんです。
終了後、大勢の聴衆がお礼のパンを持ってやってきました。
食べるのに困っているはずなのに、
「自分たちにできるのはこれだけです」とニッコリ。
「心配しないでください。物はなくても、私たちの心はとても豊かです」
と言うのです。
音楽がこれほどまでに、人の心に大切な何かを宿してくれるのか
と思うと、決して忘れられない出来事です。

*
「音楽って、本当に素晴らしいのですね。」

まったくです。「音を楽しむ」から音楽。
そして音楽は、音で人を幸せにすることができる。
言葉よりもずっと、入の心に訴える不思議な力があるのです。

*
「悲しい曲でも切ない曲でも、楽しみや幸せを感じるのは
どうしてでしょう。」

悲しい気持ちや切ない気持ちを、演奏家は聴衆と、
聴衆は他の聴衆とというように、誰かと一緒に感じられるから
でしょう。同じ感情を共有できる仲間がいることは、
人間にとって本当に幸せなことなのです。
Ms.Violinistのひとりごと-未設定
*
「ところで、大学では、"音楽の伝わり方"をテーマに
卒論を書かれましたね。」

分かったことは、演奏で伝わるのは曲調よりもむしろ、
演奏家の深層心理だということです。
演奏家が憂うつならば、楽しい調子の曲を弾いても、
憂うつさが伝わってしまう。つまり、演奏家はうれしいフリ、
幸せなフリなどできないし、心から音楽そのものに
同化しなければ、人を感動させられません。
ステージは楽しいけれど、同時に恐ろしくもある。
その思いは強くなるばかりです。
(ende.)

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