
(2010年(平成22年)8月22日(日):毎日新聞(朝刊))
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世間の目に初めて触れた冷蔵庫は
"人間が中に入り、涼を味わう建物"だった。
連日の熱暑。エアコンの利いたレッスン室で
弾き籠もりしているジブンを思うと、
あながち荒唐無稽な話ではない。
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その建物は明治36(1903)年に、
大阪・天王寺などで催された第5回内国勧業博覧会に登場した。
「内国勧業」とはいえ、欧米などからも出展があり、
さながら小万国博覧会の様相だった。3月から5カ月間の会期中に
530万人を集めた明治最大のイベントである。
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呼び物の一つが冷蔵庫で、建坪は約440平方メートル。
六つの部屋に仕切り、冷凍・冷蔵された魚や肉類を展示した。
見物人は通路からガラス窓越しにのぞき込み清涼感に浸った。
建物内の冷気を保つため一度の入場は50人に制限したというから、
冷蔵庫の外は長蛇の列ができた。
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村瀬敬子さまの著書「冷たいおいしさの誕生」(論創社)は
「食卓をうつす鏡(メディア)」として冷蔵庫の歴史をたどっている。
明治に入り、庶民も夏場の氷水など、冷たいおいしさ」に日覚めたが、
冷蔵庫の普及がにわかに進んだわけではない。
昭和の半ばごろまで、食物の保存は「御用聞き」の声とともに
街の商店など地域社会が担っていた。

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40年近く前に生活必需品になった冷蔵庫は、
家族のだんらんを支え続けた。
時は移リ、コンビニの発達や独りで食べる「孤食」が珍しくない現代だ。
「街の冷蔵庫化」が、地域のつながりと無縁なところで進んでいる。
天気予報では、猛暑はしばらく退散しそうにないようです。
ここは冷蔵庫(フリーザー)の「冷たいおいしさ(=アイス)」に一息つき、
家族のきずなに思いをはせてみてくださいませ。
(ende.)
