$Ms.Violinistのひとりごと-ゴルトベルク変奏曲 グールド
















私のお薦めのご本を紹介しますね。
よろしければ、皆様もご一読なさってくださいませ。
もしかすると、私を含めたクラシック音楽の演奏家たち、
その心の動きが、のぞけちゃうかもしれません…。(笑)

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【6本指のゴルトベルク】
「30の変奏で描く"両極端の世界"」
青柳いずみこ/著(岩波書店・2,100円)
(堀江敏幸/評)

それにしても『六本指のゴルトベルク』とは、
なんと美しく、なんと不気味なタイトルであることだろう。
六文字の片仮名が六本の指にぴたりと呼応するばかりか、
その微妙に余った感じが、微妙に足りない感じとも
一つになって、ほの暗い均衡をかもしだしている。

*
とはいえ、本書の基調は、
陰鬱さとは無縁の、軽快にして痛快な「音楽小説案内」だ。
冒頭で紹介されているのはトマス・ハリスの『羊たちの沈黙』。
主人公ハンニバル・レクター博士は精神を病んだ
希代の殺人鬼であると同時に、ハープシコードを弾きこなす
音楽愛好家でもあって、特にグレン・グールドの演奏による
バッハの『ゴルトベルク変奏曲』を愛している。

$Ms.Violinistのひとりごと-ヴァージナル(側面)

*
彼には、左手の中指が2本あった。
いったいどのように弾いたのか?

著者はそんな疑問から語り起こし、
曲の構造や特徴、運指の歴史、
そしてグールドの演奏法にまで言及する。
わずかな紙幅でそれらをみごとに変奏させながら、
レクター博士が続篇『ハンニバル』では、身元を隠すために
手術をして、5本指という彼にとっては不自然な状態に
なっていることを指摘するのだ。

*
5本指のレクター博士の演奏は、
「完璧ではないが絶妙」で、
「この曲の真髄への理解が滲みでて」いた。
「絶妙ながら、完璧とは言えない演奏」の音楽性。
非の打ち所のない技術、正確な楽譜の理解、

申し分ない調律をほどこした楽器が揃っていても、
「音楽」が流れずに「音」しか出てこない場合がある。

$Ms.Violinistのひとりごと-ヴァージナル












*
じつをいえば、本書は読書案内のふりを装いつつ、
括弧つきの「音楽」とはなにか、
創造とは、演奏とはなにかという本質的な問題を
考えさせるように仕組まれている。

『ゴルトベルク変奏曲』は、
最初と最後に主題となるアリアを配し、
あいだに30の変奏を並べる構造になっているのだが、
本書が30章で構成されるだろうことは、
冒頭の一例で早くも示されているわけである。

*
扱われている本は、和洋あわせて35冊。
ミステリから大河小説まで、どの作品の分析にも、
ピアニストであり、文筆家であり、教育者でもある著者の、
複眼的な視点が存分に生かされている。
ご本人は、それをまるでどっちつかずであるかのように
嘆いているけれど、この「ぼやき」は、
日本の音楽教育に対する苦言をまじえて
かなり意識的に「リピート」されているので、
いまや愛すべき青柳節と呼んでもいいだろう。

$Ms.Violinistのひとりごと-ヴァージナル(フェルメールの絵)


















*
一点のミスタッチも許されないという呪縛と戦い、
気の遠くなるような持続を自分に強いて、崩れなかった精神力。
その裏で、浮き沈みが激しく、精神的に不安定になりがちな、
両極端の世界を生きる演奏家たちの姿が、
虚構の世界に託して生々しく語られる。

音楽には「正ばかりではなく負の感情、善も悪も生も死も、
形而上的なものも形而下的な要素もはいりこんでくる」。
こんなに苦しいものなのに、
彼らはなぜ音楽に立ち向かおうとするのか。

*
「自分が心の中にしまっている、いちばんよいものが
ハーモニーやリズムに姿を変え、聴き手に浸透して
お互いによるこびあえる心地よさは、何ものにもかえがたい」

*
言葉などなくても一気に他者と交わり合一しうる音楽の力。
実在の演奏家はもとより、架空の演奏家たちも
それをよく知っている。

2曲のアリアと30の変奏を聴き終えた読者は、
漫然と読み流してきた小説、聞き流してきた音楽のなかに、
誰にも言えない6本目の指の関節が隠されていることを
いつのまにか教えられているだろう。
(ende.)

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