では、"ブラームスのヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77"に
話を戻しますね。
フィンランドの国民楽派の巨匠"シベリウス(1865-1957)"を
皆様は、ご存じでしょうか?
フィンランドの独立運動を描いた交響詩"フィンランディア"が
日本では、最もポピュラーですね。
シベリウスも"ヴァイオリンと管弦楽のための協奏曲"を
書いておられます。
その初演が、ほぼ成功裏に終わった後、気分転換程度の
軽い気持ちで、ブラームスのヴァイオリン協奏曲の演奏を
お聞きになられました。
さて、聞いてから後、どのような言動をなさったでしょうか?
ヒント:そーゆーの行動も、アリかもっ。(笑)

それは、「すでに作曲が済んでいた自分の作品を書き直した」です。
この作品を聴いたシベリウスは、ブラームスの交響的な響きに
衝撃を受け、自作のヴァイオリン協奏曲を全面的に改訂しています。
"シベリウスのヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47"は、
1903年に初稿が完成していました。
1904年に初稿版の初演後、1905年にブラームスの
ヴァイオリン協奏曲を初めて聴いたシベリウスは、
自らの協奏曲よりもさらに徹底して交響曲的な
このブラームスの作品構成に衝撃を受け、ソロを始め、
管弦楽の細部にわたるまでの、殆ど、原曲の姿形をとどめないほどの
大改訂を施しています。
現在、私たちが耳にするシベリウスのヴァイオリン協奏曲が
そうなのです。
変更点の概要は、独奏ヴァイオリンの技巧的なモチーフを抑えて、
管弦楽とともに楽曲構成を緊密化し、より交響的な響きを追求した
オーケストレーションへと変更したのです。
さらにシベリウス本人が強く《初稿》の演奏を禁止しました。
「どれだけ、ブラームスに衝撃を受けたの?」(苦笑)
しかし、その後の1991年に彼の遺族の許可の下、
L.カヴァコスの独奏、O.ヴァンスカ指揮のラハティ交響楽団により
録音が行われました。
この版、シベリウスが思うほどに悪くはないと思います。
「でも、完璧主義の芸術家魂が許さなかったんだよね、きっと。」(同感!!)

(Ende.ブラームスのヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77(第3夜))
The author is "Ms.Violinist."
The verification is "Ms.Composer."

話を戻しますね。
フィンランドの国民楽派の巨匠"シベリウス(1865-1957)"を
皆様は、ご存じでしょうか?
フィンランドの独立運動を描いた交響詩"フィンランディア"が
日本では、最もポピュラーですね。
シベリウスも"ヴァイオリンと管弦楽のための協奏曲"を
書いておられます。
その初演が、ほぼ成功裏に終わった後、気分転換程度の
軽い気持ちで、ブラームスのヴァイオリン協奏曲の演奏を
お聞きになられました。
さて、聞いてから後、どのような言動をなさったでしょうか?
ヒント:そーゆーの行動も、アリかもっ。(笑)

それは、「すでに作曲が済んでいた自分の作品を書き直した」です。
この作品を聴いたシベリウスは、ブラームスの交響的な響きに
衝撃を受け、自作のヴァイオリン協奏曲を全面的に改訂しています。
"シベリウスのヴァイオリン協奏曲 ニ短調 作品47"は、
1903年に初稿が完成していました。
1904年に初稿版の初演後、1905年にブラームスの
ヴァイオリン協奏曲を初めて聴いたシベリウスは、
自らの協奏曲よりもさらに徹底して交響曲的な
このブラームスの作品構成に衝撃を受け、ソロを始め、
管弦楽の細部にわたるまでの、殆ど、原曲の姿形をとどめないほどの
大改訂を施しています。
現在、私たちが耳にするシベリウスのヴァイオリン協奏曲が
そうなのです。
変更点の概要は、独奏ヴァイオリンの技巧的なモチーフを抑えて、
管弦楽とともに楽曲構成を緊密化し、より交響的な響きを追求した
オーケストレーションへと変更したのです。
さらにシベリウス本人が強く《初稿》の演奏を禁止しました。
「どれだけ、ブラームスに衝撃を受けたの?」(苦笑)
しかし、その後の1991年に彼の遺族の許可の下、
L.カヴァコスの独奏、O.ヴァンスカ指揮のラハティ交響楽団により
録音が行われました。
この版、シベリウスが思うほどに悪くはないと思います。
「でも、完璧主義の芸術家魂が許さなかったんだよね、きっと。」(同感!!)

(Ende.ブラームスのヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品77(第3夜))
The author is "Ms.Violinist."
The verification is "Ms.Composer."