さて、いよいよ核心に迫ることにいたしましょう。
この曲を作曲したのは誰だと思われますか?
※付図は"おもちゃの交響曲"の第1楽章の総譜(スコア)です。
(1)J.ハイドン
(2)ハイドンの弟のミヒャエル・ハイドン
(3)モーツァルトの父レオポルト
(4)全く忘れ去られた作曲家の作

じつは、「全く忘れ去られた作曲家の作」です。
作曲者は、《エトムント・アンゲラー》という
J.ハイドンやW.A.モーツァルトの父レオポルトと同時代を
生きた作曲家で(多分?)、現在では完全に忘れ去られており、
生没年を始めとし、他の作品や生涯、肖像も不明です。
*
ただ、この「おもちゃの交響曲」は作曲者を巡って、
二転三転をした経緯があるので、少しお話します。
最初は、J.ハイドンが作曲したのではないかと言われて
いました。しかし、一次資料である《自筆譜》や
J.ハイドンとの関連を裏付ける手紙、それに出版した
版元に記録がまったくありませんでした。
それに、はっきり言って、J.ハイドンにしては稚拙な構成で、
悪い言えば《平凡》。
しかし、J.ハイドン説に異を唱えるほどの証拠も
出てこないまま、なんとなく「伝・J.ハイドン作曲」で
定着しておりました。
*
ところが、1950年を過ぎた頃にドイツの州立図書館から
レオポルト・モーツァルトの作の可能性を持った
《カッサシオン(7曲組)》が発見され、中の1曲が
「おもちゃの交響曲」と同一であることが判明したのです。
W.A.モーツァルトの才能を見抜き、英才教育を施した
レオポルトは優れた教育者であり、作曲家でもありました。
ただ、「そり滑り」等の作品を見ての通り、《平凡》な
作曲家であったので、J.ハイドン説の後にすっぽりと
はまり込みました。
《L.モーツァルト作曲「カッサシオン(おもちゃの交響曲)」》。
これは決定打になり、出版譜にはレオポルトの名が
J.ハイドンに替わって刻まれるようになりました。
このレオポルト説は、インパクトが強く、今日でも
普及している楽譜の一部は「レオポルト」のままにされ、
音楽愛好家でも「一般化したまま」になっています。
*
しかし、レオポルト説が50年を迎えようとしていた頃、
今度は、オーストリアのチロル地方の修道院の蔵書の中から、
18世紀後半に神父であったS.パルセッリが写譜した楽譜から
「おもちゃの交響曲」が発見されました。それは、出版譜に
ほぼ沿った構成であり、作曲者の名前も書き込まれていました。
《作曲者:エトムント・アンゲラー(1770年)》と。
「なんか、W.A.モーツァルトのお父様、レオポルトさまが
可哀想になってきましたワタシ……」
(↓ただ、騒ぎに巻き込まれただけのレオポルト・モーツァルトさま。
さりげにムッとされていらっしゃるようにも見えます。
あー、「この騒動については、ノーコメント」だそうです。(笑))

(Ende.J.ハイドンにご用心!
…偽作に悩まされる大音楽家(第4夜) April 12, 2010)
The author is "Ms.Violinist."
The verification is "Ms.Composer."

この曲を作曲したのは誰だと思われますか?
※付図は"おもちゃの交響曲"の第1楽章の総譜(スコア)です。
(1)J.ハイドン
(2)ハイドンの弟のミヒャエル・ハイドン
(3)モーツァルトの父レオポルト
(4)全く忘れ去られた作曲家の作

じつは、「全く忘れ去られた作曲家の作」です。
作曲者は、《エトムント・アンゲラー》という
J.ハイドンやW.A.モーツァルトの父レオポルトと同時代を
生きた作曲家で(多分?)、現在では完全に忘れ去られており、
生没年を始めとし、他の作品や生涯、肖像も不明です。
*
ただ、この「おもちゃの交響曲」は作曲者を巡って、
二転三転をした経緯があるので、少しお話します。
最初は、J.ハイドンが作曲したのではないかと言われて
いました。しかし、一次資料である《自筆譜》や
J.ハイドンとの関連を裏付ける手紙、それに出版した
版元に記録がまったくありませんでした。
それに、はっきり言って、J.ハイドンにしては稚拙な構成で、
悪い言えば《平凡》。
しかし、J.ハイドン説に異を唱えるほどの証拠も
出てこないまま、なんとなく「伝・J.ハイドン作曲」で
定着しておりました。
*
ところが、1950年を過ぎた頃にドイツの州立図書館から
レオポルト・モーツァルトの作の可能性を持った
《カッサシオン(7曲組)》が発見され、中の1曲が
「おもちゃの交響曲」と同一であることが判明したのです。
W.A.モーツァルトの才能を見抜き、英才教育を施した
レオポルトは優れた教育者であり、作曲家でもありました。
ただ、「そり滑り」等の作品を見ての通り、《平凡》な
作曲家であったので、J.ハイドン説の後にすっぽりと
はまり込みました。
《L.モーツァルト作曲「カッサシオン(おもちゃの交響曲)」》。
これは決定打になり、出版譜にはレオポルトの名が
J.ハイドンに替わって刻まれるようになりました。
このレオポルト説は、インパクトが強く、今日でも
普及している楽譜の一部は「レオポルト」のままにされ、
音楽愛好家でも「一般化したまま」になっています。
*
しかし、レオポルト説が50年を迎えようとしていた頃、
今度は、オーストリアのチロル地方の修道院の蔵書の中から、
18世紀後半に神父であったS.パルセッリが写譜した楽譜から
「おもちゃの交響曲」が発見されました。それは、出版譜に
ほぼ沿った構成であり、作曲者の名前も書き込まれていました。
《作曲者:エトムント・アンゲラー(1770年)》と。
「なんか、W.A.モーツァルトのお父様、レオポルトさまが
可哀想になってきましたワタシ……」
(↓ただ、騒ぎに巻き込まれただけのレオポルト・モーツァルトさま。
さりげにムッとされていらっしゃるようにも見えます。
あー、「この騒動については、ノーコメント」だそうです。(笑))

(Ende.J.ハイドンにご用心!
…偽作に悩まされる大音楽家(第4夜) April 12, 2010)
The author is "Ms.Violinist."
The verification is "Ms.Composer."