〇自分の性格を「正しく知る」方法〇
自分の性格というものは言語的に測るものであって、何か身体の一部、
例えば採血して、成分を分析した結果の数値として出てくるようなものではありません。
性格に関する研究や分析においては「とてもそう思う」から「まったくそう思わない」までを
5段階ぐらいで評価することが多いといえます。
つまり、言語を用いて測定されるのです。
そのため、自分の性格を正確に知るためには、
自分で「自分という人間はこうだ」と思っている内容が問題になります。
しかし、自分が認識している自分の姿が一定の方向に歪んでいることもありえますが、
それも含めて性格の特徴だということもできます。
自分の性格をよりよく知るための方法の1つは、
自分の過去を振り返って自己分析してみることです。
例えば「自分はこう考えて、このように行動した。だから慎重なところがある」
というふうに考えることです。
もう1つは、周囲の人からの言葉です。
「あなたは律儀ですね」とか、「実直な方ですね」などと言われることがあると思います。
そうした他人の言葉を耳にして自分を振り返ることからも、自分の性格を知ることはできます。
■自分の性格を知るジョハリの窓
何度性格診断を受けたとしても、全てを知ることができると考えるのは正しいとはいえません。
自分に起こった過去の出来事や周囲の人の言葉から知るしかありません。
自分で自分のことを認識していることを「自己概念」といいます。
自己概念をより正しく形成するには、コミュニケーションが大きな役割を果たします。
自分に対する理解は、人とのやりとりを通じて気づくことが多いものです。
自分の自分に対する認識と、他人の認識との差異を通じて「自分にはこういうところがある」と、
自分の潜在的な性格に気づくのです。
自分が知っている自分、他人がわかっている自分というのを分類すると、
以下のように4つのゾーンができます。これを「ジョハリの窓」といいます。
「ジョハリの窓」は、1955年にアメリカの心理学者ジョセフ・ルフトと
ハリ・インガムが発表したもので、後に2人の名前を組み合わせ「
ジョハリの窓」と呼ばれるようになりました。
◇自分がわかっていて、他人もわかっている部分は「開放の窓」
◇自分がわかっていて、相手がわかっていないのは「秘密の窓」
◇自分はわかっていなくて、相手がわかっているのは「盲点の窓」
◇自分はわかっていなくて、相手もわかっていないのは「未知の窓」
自分自身の体験から自分はこういう人間だと気づくこともあれば、
周囲から指摘されて気づくこともあるけれども、
まだ周りの人から指摘されていない部分もあります。
また、自分は気づいているけれども、まだ他人に伝えられていない部分もあります。
ここで未知の窓(自分にも他の人にも誰にもわかっていない自分)を開けるには、
周囲とのコミュニケーションをとることです。
他者とのコミュニケーションを重ねていくと、開放の窓がより開くようになります。
つまり、自分も自分のことがわかるし、周囲も自分のことを知ってくれている状態になるのです。
自分の性格を知りたいのであれば、他者とのコミュニケーションを積み重ねていくこと。
そうすることで、他者からの言葉を引き出したり、
他者との違いを通して自分の特徴を見いだしたりしていくことができるでしょう。
■「性格が悪い」と落ち込む人の傾向
自分の性格がどうしても気になる人のなかには、自分は「性格が悪い」と落ち込む人がいます。
一般的にあまりよくないとされるネガティブ思考になりがちな人にこういう人が多いようです。
落ち込む、不安を抱く、苦痛を感じるなど、
自分の内側に苦しみを抱くことを「内在化問題」といいます。
逆に、他人に対して攻撃したり、反抗したり、社会的に逸脱した行為をするなど、
外部に向かう問題のことを「外在化問題」といいます。
問題を伴う行動が内に向かうのか、外に向かうのか、
その方向性で2つに大別することができるわけです。
結果的に外在化問題に結びつきやすい性格に対して「悪い性格」と表現することがあります。
自己中心的で他の人を自分の利益のために利用し、
人々や社会に対して迷惑をかけるような結果に結びつきやすい性格は、
「よくない」「悪い」という印象を抱きがちです。
外在化問題を持つ人は、何か問題があるときに自分を責めるよりも他人を責めがちです。
ただし、すべてのケースに当てはまるわけでもありません。
自分の弱さを隠すためや、自己評価が低いことから、
他の人に対して攻撃的になる場合もあります。
■「よい性格」「悪い性格」ってある?
そもそも「よい性格」「悪い性格」というものが、
研究のなかで明確に規定されているわけではありません。
性格のよしあしは、社会や文化のなかでなんとなくコンセンサスが定まっていくものであり、
明るい性格のほうが望ましい社会であれば、
その性格は「よい性格」ととらえられるものだと考えるとよいでしょう。
例えば、アメリカ社会においては
対人関係では明るく外向的な性格のほうがよいとされているので、
人と会って黙っていると気まずい雰囲気になり、ネガティブな評価をされる傾向があります。
ホームパーティに行って人と話さないでいると、何を考えているかわからないと思われたり、
相手からすると自分のことを嫌いなのではないかと受け取られたりする可能性もあります。
「絶対的によい性格」「絶対的に悪い性格」というものがあるというよりも、
社会や時代によって変わるものだと考えるほうがよいといえるのです。
