ブラームス 主題と変奏 ニ短調 Op 18b (弦楽六重奏曲第1番 第2楽章 ピアノ独奏版)
ロマン派の代表的な作曲家で、評論家としても知られるシューマンの妻にして、 自身も有能なピアニスト・作曲家であったクララ・シューマン。彼女とブラームスの関係は、クラシック音楽史上でも特別なロマンスであり、またその実際の関係性については、多分にミステリアスなところがあります。シューマン夫妻とブラームスが知り合ったのは、彼がまだ20歳の青年の頃。無名だったブラームスは、1853年、ドイツ・デュッセルドルフにシューマンを訪ね、そこで自作を演奏し夫妻を感嘆させました。ブラームスの才能を見抜いたシューマンは、音楽雑誌でこれを絶賛。ブラームスは将来有望な若き音楽家として、世に出ることになったのです。ブラームスにとって14歳年上のクララは、尊敬する師匠シューマンの妻であり、 最初はそうした師弟的な関係の感情しかなかったようです。しかし、後にシューマンが精神を患い、ライン川に身を投げて自殺を図った頃から、クララに対するブラームスの感情に変化が見え始めます。クララと子供たちを守らなければ、という思いが愛情へと変わっていったのです。ブラームスはクララに宛てた手紙に、溢れんばかりの熱情を綴っています。『どれほどあなたにお会いしたく思っていることか!どんな物音を聞いても窓辺に駆け寄ります。あなたのことばかり思い続けているのです。あなたを思い、あなたのお手紙を読み返し、あなたのお写真を眺めること以外、 何も手につきません。あなたなしにはもうこれ以上耐えられません。気も狂わんばかりに待ち焦がれている者の悲しみをやわらげてください。』ブラームスは自らの想いをクララに伝えるべく、自作の弦楽六重奏曲第1番の、 第2楽章をピアノ独奏用に編曲し、クララの41歳の誕生日にプレゼントしました。それが『主題と変奏 ニ短調 (Theme and Variations, Op.18b)』。クララと出会ってから7年後の1860年、ブラームス27歳の作品です。ビオラとチェロを追加した重厚な弦楽六重奏の響きが、そのままピアノの低音を強調した編曲にも活かされています。クララに対する熱く深い想いが10分間に封じ込まれているかのようです。自殺未遂の2年後にシューマンは亡くなってしまいましたが、結局、ふたりの関係に進展はなく、結ばれることもありませんでした。内向的なブラームスと理性的なクララの性格がそうさせたのかもしれません。時は過ぎ、1896年5月20日、クララがこの世を去るとまるで後を追うように、 翌1897年4月3日の朝、ブラームスは64歳で息を引き取りました。クララの死後、ブラームスはその思いをこう語っています。『ああ、何ということだ。この世ではすべてが虚しい。私が本当に愛した ただ一人の人間。その人を今日、私は墓に葬ってしまったのだ…。』