何らかの商品を注文したら、その到着を楽しみに待っているのが顧客です。

趣味性の高い商品なら、尚更だと思うのですが、エソテリックはそんな顧客の楽しみさえ顧みません。

毎日愚痴を記して申し訳ありませんが、一応今回のエソテリックに対しての愚痴はこれで終わります。


第4話 納期の遅延なんて当たり前なの?


実は、emm LabsのXDS1を注文する際に、Ekornesのリクライニング・チェア、Renoも注文していました。

次期SACDにエソテリックを選ばなかったので、せめてリクライニング・チェアはエソテリック経由で購入しようとしてオーディオ屋さんで注文したのですが、これが失敗だった訳です。(エソテリックはEkornesの代理店もしていますが、勿論一般の大手家具ショップ、例えば大塚家具などもEkornesの代理店です)

cogito ergo sum
Ekornes Reno(表皮、および木部の色は注文したものとは異なります)


北欧最大の家具メーカー、Ekornes社のリクライニング・チェアは、私にとってはかなりの贅沢品です。

RenoはEkornesでも中間レベルの商品ですが、それでも定価では33万円です。

表皮の色を日本標準在庫商品とは異なるものを選び、それと引き換えに納期は5ヶ月と言われていましたが、或る意味、一生ものとして購入を決断したので、その納期そのものは納得していました。


4月末に注文したので、もうそろそろ届くのかなぁと期待していたお盆休み、オーディオ屋さんから8/23に商品がメーカーに到着、8/27の納品で手配出来たとの連絡を頂きました。

注文から既に4ヶ月経過していましたが、当初は5ヶ月掛かると言われていたので、とても嬉しくて、8/27~28には本来別の予定があったのですが、それをキャンセルしてRenoの到着をとても楽しみに待っていたのです。

お馬鹿な私は、本当にとても嬉しくて、会社でも「椅子が週末にやっと届くんだ」と言い回っていたのです。

しかし...。


8/26、エヴァンゲリオンをTVで見終えて、メールをチェックすると、オーディオ屋さんから午後9時頃にメールが入っていました、件名は「お詫び」でした。

エソテリックの担当者が、終業時間後にパソコンで調べた処、メーカー倉庫から商品が出荷された形跡がなく、8/27に納品できない可能性がある。確かな事は月曜日にしか分からない。

という内容です。


第1話~第3話までの、エソテリックの顧客を馬鹿にした、或いは顧客に配慮のない姿勢に不満が高まっていた私にとって、「怒り心頭」となるには十分以上のメールでした。


終業時間後に発送確認をパソコンでしただと?

詳しい事は月曜日まで分からないだと?

何故対処可能な段階で確認しておかない?

これで「ちゃんと事前に未着の連絡はしました」とでも言い切るつもりか?


納品を楽しみにしている顧客の期待に応える配慮、誠意が全くない会社だと、つくづく思いました。


たかだか椅子の到着が遅れただけです、大したことではありません。

第1話~第4話まで書いてしまいましたが、そのそれぞれは大したことではないのです。

(第3話の修理の件は大した事かも知れませんが)

私は幾ら顧客であっても、クレーマーまがいの事はしたくはなかったのです。

でも、もう我慢できませんでした。


オーディオ屋さんには、メール、そして翌日には電話で、過去からのエソテリックの顧客を馬鹿にした対応に対する不満を列記し、Renoのキャンセルを伝えました。

エソテリックにはメールで過去からの不誠実な対応と、未対応であるサランネットの件、対応完了とは言えないX-03SEの不具合に対する対応を正式に求めました。(Renoはキャンセルしたい旨、メーカーにも伝えました)

Renoも長年の憧れのリクライニング・チェアでしたので、これは必ず購入しますが、エソテリックからは買いたくないとの強い思いがあります。

更に4ヶ月、納期が掛かるかもしれませんが、それでもエソテリックから買うよりはマシです。


表皮色をオーダーしたので、キャンセルできないとエソテリックは言うのかも知れません。

だったら納期を守らなかったのも事実ですので、私はキャンセルを主張します。

何らかの手配ミス、そして確認を怠ったこと自体は仕方がないかも知れません。

しかし、過去からのエソテリックの人を馬鹿にした態度を、これ以上容認して受け入れる事など、もう私にはとても出来ないのです。


今後、エソテリックの製品を買う事はありません。

そのオーディオ機器がどんなに素晴らしい再生音だったとしても、私には興味がありません。

次期SACDプレイヤーをXDS1に決めたのは、その機器の持つ「音楽性」でしたが、顧客を馬鹿にしているような会社が造る製品に、心を豊かにする「音楽性」などあろう筈もないと、今の私には思えるからです。