K-01対XDS1、オーディオ機器ですから、その再生音楽の比較が重要です。

まずは、交響曲から比較試聴してみます。


Bruckner - 交響曲 第 8番 ハ短調 より 第4楽章 (CDフォーマット)

Lorin Maazel指揮

Symphonieorchester Des Bayerischen Rundfunks

(バイエルン放送交響楽団)

cogito ergo sum

K-01

エネルギー感溢れる再生には左右への大きな広がりを感じます。

音場が壁一面のように感じられる程広いと言う印象ですが、トゥッティでの強奏時には、少し響きが塗りつぶし合うような場面も見られましたし、音に角が立っている訳ではないのですが、少し響きのあり様が大きな四角い窓越しに絵画を鑑賞しているような気分になったりもします。


XDS1

聴き始めの音場が少しこじんまりとした印象ですが、それは個々の音の広がりが自然で、静寂度が高いからかも知れません。

音場の上方向への伸びやかさは特徴的で、左右への広がりに関しては、曲の場面に応じた自然な形で広がったり纏まったりする印象です。

聴こえはしませんが、奏者の息遣いさえ感じさせるような人肌の再生音と感じます。


交響曲 第 5番 ホ短調 作品64 より 第4楽章 (CDフォーマット)

Mikhail Pletnev指揮

Russian National Orchestra (ロシア・ナショナル管弦楽団)

cogito ergo sum
K-01

押し寄せてく様な弩級の音響を素直に楽しませてくれます。

鮮やかさはこの上なく、鮮烈で大変粒立ちの良い音には飛びきりの切れも感じられます。

ここでも左右への響きの広がりは大きく感じますが、色調そのものは少しクールにも感じます。


XDS1

音響的な凄さに埋もれない演奏の陰影を感じる事が出来ます。

音場の上方向への伸びやかさがこのアルバムでも顕著で、響きの滑らかさと荒々しさとの描き分けも印象的。

全体にK-01で聴くよりも少し音楽がゆっくりと聴こえます。


Shostakovich - 交響曲 第10番 ホ短調 作品93 より 第4楽章 (SACDハイブリッド)

Nikolai Alexeev指揮

Arnhem Philharmonic Orchestra

(アーネム・フィルハーモニー管弦楽団)

cogito ergo sum
K-01

ここまで音響的に凄いとは思っていなかったこのアルバム、とても鮮烈な再生です。

SACDならではの空間再現力もすこぶる高く、響きの波動も凄いのですが、演奏に穏やかな温もりも感じます。

力強く押し出しも強烈ですが、それだけではない端正さも感じられます。


XDS1

その始まりに音響的な凄さを敢えて感じさせない処が逆に凄いと思わせます。

この曲でも音楽はややゆっくりと流れ、フィナーレでは弩級の音響を強く印象付けますが、音響以前の音楽を常に感じさせながらも、その伸びやかさと自然な音場展開は目を見張るものがあります。


交響曲 第41番 ハ長調 「ジュピター」 K.551 より 第4楽章 (CDフォーマット)

Eugen Jochum指揮

Bamberger Symphoniker(バンベルグ交響楽団)

cogito ergo sum
K-01

温かみがありながらもとても定位と音離れが良く、各パートの響きの描き分けが明瞭です。

若干音場は低く保たれますが、瑞々しさも感じられ、洗練されたモーツァルトを感じます。


XDS1

意外な事に音場に少しざわつきを感じます。

K-01以上に温度感や情感は高いのですが、そのために音の粒立ちや見通しの良さに関しては少し聴き劣りしてしまう印象を否めません。

上方向への伸びやかさはここでも十分ですが、音楽そのものはK-01よりゆっくりと流れているようには感じません。



音響的な楽しさを訴求する楽曲を選んでしまった感のある交響曲ですが、その意図に見事に応えてくれるK-01は音響的な愉悦の高いオーディオ・コンシャスな機器と言って良いと思います。

ただし、音響的な素晴らしさだけを訴えかける訳では決してなく、ちゃんと品性を保った情感も伝えてくれます。

全体的にはとても美しい映画を観ているような印象で、音場はとても大きいのですが、結果的には四角く切り取られているスクリーンに投影されている印象です。

一方、XDS1は音響的には優れたものを聴いた筈なのに、その部分での訴求力は低く感じます。

ただその訴求力の不足は音響的な能力の不足ではなく、更に一歩上を歩む機器が故の奏者の気持ちを映しだそうとするアーティスト・オリエンテッドな傾向からそう感じるのではないかと思います。

音場で言えばかなり立体的で上方向への伸びやかさが顕著ですし、左右への広がりに関しては、決まった大きさのスクリーン一杯に描き出す映画の印象とは異なり、時に中央にまとまり、時に左右いっぱいに伸びる自然さがあります。


モーツァルトだけはK-01で聴いた方が楽しかったですが、その他はXDS1の自然で品位の高い再生世界の方が私には好ましく感じられました。