33.(5)bathroomはトイレのことである


日本の個人の住宅では、よほどモダンな家なりマンションでもない限り、トイレと浴室は隣り合わせになっていても、同じ屋内に設置されているわけではない。しかし米国や英国、カナダ、オーストラリアなどでは浴室の中にトイレがあるのが普通である。だから bathroom も「浴室」とか「風呂場」と訳しただけでは不十分である。これに関わる興味深い誤解例を二つ紹介しておきたい。


私は30代の中頃、東京の神田にある東京電機大学大学院で言語工学を教えていたことがあった。その頃ちょうど米国のテキサス大学言語工学センターから助教授Bates Hoffer氏が大使を連れて東京に私と共同研究のため滞日するために来たので、電気大の電子工学科主任教授の中野道夫先生のお宅(世田谷区成城)で歓迎パーティーをして下さった。私ももちろんご一緒したのである。

しばらくすると、助教授夫人が中野夫人に何かささやいていた。中野夫人は、“I'll show you there. Follow me.”と言って、二人はリビングルームを出て行ったが、中野夫人は私のところに来て、「小笠原さん、何だか変なのよ。Hoffer夫人が bathroom はどこかって言うので連れて行ったら、“No, No”と言うのよ」と言うのである。私は、トイレのことを bathroom と言うんです、と教えたので一件落着となったのである。


もう一つの例は、新宿の大通りにある紀伊国屋書店の洋書部(4階)に私が買いに言った時であった。外国人の客が店員に、“Could you tell me where the bathroom is?” と訊いているのが聞こえたのである。次の瞬間、店員バッジをつけた店員が、“I'm sorry. We have no bathroom.”と言い、外国人が当惑顔を見せたのである。私は差し出がましかったが、思い切って、「店員さん、 bathroomって、トイレのことですよ」と教えたら、その店員は、「えっ、そうなのですか?ちっとも知らなかった。ありがとうございました」と苦笑いをしたのであった。私も家庭用語である bathroom を公共の建物の中で使っているのを知って、参考になったのである。


その後しばらくして、東京駅八重洲口側通路を歩いていたら、外国人旅行者が、“Excuse me. Where is the bathroom?”と訊かれたのであった。