明けましておめでとうございます。

といっても読んでいる人いるのかな…?

しかし、昨年は大変な出来事がありました。大津波にのまれた街に立ち、目の前にあるその現実に、言葉なくただ呆然と立ちすくんだ私。
ついさっきまで、当たり前の日常を過ごしていたであろう、明日が当たり前のことであるべき人々が、あっと言う間に流され命を失うこの現実。
これを目の当たりにする。
親鸞さんの言葉を思い出す。
『明日ありと、思う心の仇桜 明日は嵐の吹かぬものかは』

人間の根本的存在のありかたは、人間である以上、今も昔も変わらないのだ。

深刻な病や死刑囚でなければ、ほとんどの人間は自分には明日が来ないなどとは普通は思わない。明日を思うことで希望をもったり絶望したりする。これは人間の思い上がりかもしれない。

しかし、私たちは未来に(絶望を含め)希望をもって生きなけれならない。
そこに自分の思い上がりがあったら、それにも気を付けて、そして未来へ生きていこうと思う。
(^-^)
大変久しぶりの更新です。

今、日本のクリスマスは、若き恋人どうしの聖夜として、また、子供たちのプレゼントを期待する楽しみの夜かもしれない。キリスト教の国々はまさに日本の正月のように家族そろってキリストの誕生を祝う大切な一日。いささか趣を異にする。日本の場合、クリスマスをチャンスに男女の結びつきを深めるというなら、あまり恋愛が御上手とは言えない日本人の男女にとっては、一つの儀式として形式に定着すれば、男女のカップル誕生に貢献する事になるだろう。それはそれで良いのかもしれない。何れにせよ、男と女が仲良くするのは良いことだ。ま、クリスマスなどをダシにせず、まず日本人がもっと上質な恋愛上手になるに越したことはないのだが…(^-^)

今現在、福島、はじめかなり広い地域で国民が放射能汚染で放射能におびえ、大変な苦しみを抱えた人が、もうたくさんいるのに・・


菅直人はのんきに四国遍路。そしてインタビューに原発事故、『あれぐらいで収まったことを感謝してお参り』しているのだそうだ。


ようするに、原発事故はもっと大きな被害があった可能性があったのに、これくらいで済んで、よかったよかった、と言っているのだろ。しかし、その被害は、甚大で誰でもそうのんきにはいられないはず。


元首相として、その原因のいったんはになったのなら、またこころある政治家なら、この放射能の窮状、心を痛めるくらいの行動があってよい。のんきに『よかったよかった』言う心の神経が異常だ。すなわち首相としての資質に欠ける人物だ。


福島の原発事故は対応がしっかりしていれば防げた可能性のある事故なのだ。それができなかった首相の責任は甚大なのだ。


なんら事故の反省もせず、あれぐらいで・・と気軽に言える、今も苦しんでいる人がいるのに、気軽にそのようなことが言える首相がいたことに驚く。


国民に大きな苦しみを与えたのなら、今苦しんでいる人々がいるなら、首相は国民の苦しみをともにするくらいの心情は必要なのだ。


これはひどい、この元首相。こんな奴がという気分だ。まさに軽蔑するのみだ。


戦後、学生運動上がりの政治家は、政治をじつに軽くおもっている。


全ての国の責任は首相にあるのだ。基本的に首相としての能力、資質の欠如がそこにあるだけだ。


とんでもない人奴が、首相をしていたものた。


なんともこまった時代だ。