第二次大戦の敗戦後、日本は「平和憲法」なるものが制定され、私の生育過程、学校教育なども、またマスコミ連中の根本発想、発言もみな「平和」、「世界平和」を祈念すること高く掲げることを国是としてきた。


しかし、これも第二次大戦後の、米ソ(アメリカ、ソビエト)の、二大巨大核武装国家のパワーバランスの傘の陰に隠れ、疲弊した敗戦国日本が武力的実力を持たなくとも、いな、持つことを危険視された結果化、ある意味のんきに、この平和を理想とすることができた。


しかし、この米ソの超大国でのソビエトが崩壊し、米国もそれまでの実力が衰退している現在、その世界のパワーバランスが崩れ、いたるところで紛争が起き始めている。


そのなかで、いまの平和憲法がこの状況で有効に働くのか、深く再検討が必要になっていると思う。

例えば、国連の平和維持軍として参加していても、この憲法の発想で、現地で自国の国民を守るための

発砲も許されていない、極めて愚かしい状況がある。


このような、自国の防衛力を憲法が縛っている現状があるため、近隣の中国、韓国の、簡単に言えば、やりたい放題を許していることになる。


例えば、日本の領土内の海底をくまなく調査している、中国潜水艦に爆雷を落とし、沈没させても全く問題ない。また、日本自身のこのへんてこな法的体制を整えれば、現在の日本の自衛隊の戦闘能力からすれば、何の問題もなく対応できる。


また、竹島を占領している韓国も、いくら派手な韓国海軍の派手なアピールをしても、日本の自衛隊艦船航空力からすれば、韓国軍など、5、6時間で完全に壊滅状態にしてしまうだけの、日本の自衛隊の能力はあると言われる。


第二次大戦以前は、日本人は自国の軍事能力を過大に評価していた。


しかし、現在の日本人は、自国の能力を逆に過小評価していないか、。もう一度点検する必要があると思う。