Eテレ(NHK教育)の番組表を見ているとニーチェなどの早分かり番組を放映している。安保闘争の混乱期には、何やらサルトルとかカミュがはやり、最近はニーチェやハイデッガーが流行りなのだろうか?何れにせよ、巷に不安や混乱がある時代は、所謂、実存主義、実存哲学、の類いが流行るようである。私も一応哲学にも興味はあるが、これに適切な解説など、私には荷が重い。
そもそも、哲学とは、フィロ・ソフィア、即ち知を愛すること、といわれる。しかし、知を愛するといっても芸能記者さながら、噂やゴシップまで知を愛することしているわけではない。やはり、それは真理探求(本当のこと)こそ、哲学の本道であろう。だから、いかがわしい真理をうたうインチキ宗教など哲学からみればとんでもないものである。また、哲学者と言われる人が、菅直人のごとく、コロコロ発言が変わってしまうのは困ったものである。
そして、毛沢東のように、自分の権力あらそいに、自分の語録を押し付け、世界を混乱させるのも困ったことである。(マルクスも同類かも…)。

前世紀に西欧は二つの大戦があり、混乱の極みであった。そこで活躍したのが、先に話た所謂『実存』なのであろう。

10数年ほどまえ、ウィーンで私の知り合いの日本女性の家に呼ばれたが、ご主人は幼少期にヒットラーユーゲントに加わったドイツ人だった。彼と話すとさすがドイツ人のインテリ、哲学の話を持ち出された。ただ、彼は、極端なハイデッガーの信奉者で、興味はないかと、色々尋ねられた。このハイデッガーさん、『存在と時間』と言う書で有名だが、色々事情があったのであろうが、ナチスのシンパとして第二大戦期を過ごした。だから、あのご主人がハイデッガーの信奉者であることに不思議はない。

ただ、このハイデッガーさん、後に、大著『存在と時間』の完成を放り出し、なんと親鸞さんの『歎異抄』に帰依してしまう。ハイデッガーさんの、コロコロ変わる心模様こそ、かれの哲学の秘密が密かに隠れているのかもしれない。何れにせよ、有名な自著には救われず、日本の浄土真宗の書に救いを求めたようである。

彼の書が真理であるなら、それに救われているはずである。

ま、あまり、流行を追わないことが、騙されないことの第一歩かもしれない。


ま、受験勉強のような、薄っぺらな早わかり的理解、勘違いなどせず、丁寧に、しっかり、地道にコツコツと学ぶことしかないのである。本当の哲学はそう安直には身につかない。もちろん何事もそうであるのだが・・

哲学など、軽薄な、薄っぺらな早合点こそ、もっとも邪道。もっとも危険なのである。

(^-^)