巷はお盆を迎えることになる。なくなった人が戻ってくると言う。このように、死後も亡くなった人は存在するというのが、洋の東西に関わらず一般的なのだ。先日も、有能だったが若くして亡くなった有名なサッカー選手についての報道があった。ファンや仲間の選手たちは『天国から見守って欲しい』と悲しみとともにTVインタヴューマイクに向かって語っていた。これが率直な気持ちなのだろう。
しかし、あのブラックホールで有名な高度な知能の持ち主とよく言われるホーキング博士は、今年『死後も天国もない』『それは闇を恐れる者たちのお伽噺だ』と言い切った。これは宗教界、とくにキリスト教関係者に大きな波紋を呼んだ。何故なら、ホーキングは宗教の存在を否定していなかったからだ。ただここに来て、ここまで明け透けに言い切ると、宗教界からの反発は避けられなかったわけだ。
ただ、この手の話は、遠い昔からあった。ホーキングは人間の精神をコンピューターから発するものと同等に考え、肉体が壊れるのと、コンピューターが壊れるのと同じことだとするだけなのだ。これはなんのことはない、肉体を物質と考える単なる唯物論者の論にすぎない。この唯物論は遠く古代ギリシャからある一つの考えなのだ。
むしろホーキングは一人の物理学者として、同じ物理学者でも、思慮深いハイゼンベルクなどとは異なり、人間の体も単に物質ととらえたほうが論を展開しやすく、そう思うことにも別段、不思議はない。また最近ではiP細胞からネズミを発生を見、我々も驚かされることも多い昨今なのである。
ただ、ホーキングの場合、地上での物理法則、数学理論に何の誤り、まったくの誤謬がないことを前提に、宇宙論を展開しているだけなのだ。また、iP細胞にしても、まったくの無から発生したわけではなく、生命体からの一部から発生を引き出しているのだ。
要するに。すべてを物質に還元して、すべてを語ることは、古代からの人間の発想の一つであるが、それは深く思考をめぐらせれば、きわめて乱暴な論でもあり、それが否定されてきた事実も一方でもある。それは古代から生命への問いは常に長く、繰り返し問われてきているのだ。
だから、時に、今、ホーキングが唯物論者になろうと、別段驚くこともなく、またホーキングの考えの否定(物質と生命の関係をホーキングのように単にすべて物質に一元化しないとらえ方)も、人間の長い歴史の中では、強力な考え方として一方にあるのだ。要するに、ホーキンスの物質一元化論は物質と精神をいかに考えるかということに、極めて幼稚に深く考えていない、むしろ、そこに思考力の低下を見るような、とらえ方をしているに過ぎない。
古代から、『生命』という常に問われ続けてきている問題も含まれるので、ホーキングの発言がまるで神様かのように、権威があり、あがめる必要などは全くない。確実な信用できる話でもない、また事実でもない。単なるある物理学者の幼稚な論と見ればよい。
さて、もうすぐ、お盆だ。、今年もまた俺は墓参りに行こうと思う。
(^-^)