かつて一時期、日本も学生運動などのなかで、『宗教は阿片だ』という言葉をよく使われた。


そして、伝統的な宗教的価値観を無視、廃棄して、共産主義へ、との宣伝文句が踊った。これはまさに逆に新たな新興宗教的団体の活動とそのもので、宗教活動と何ら変わりがない。このようなことが20世紀に世界各地で吹き荒れ、中国では文化大革命なる権力闘争にこの言葉が使われ、多くの貴重な文化遺産、敬虔な信仰を持たれた方々が、じつに酷い扱いを受けた。ソ連でも同じで、その迫害はひどく、ソルジェニーツインの小説を読むまでもなく、ひどい迫害、粛清が簡単に行われた。


この共産主義の妄想は、これまでの価値の否定という意味で、カンボジアのクメールルージュなどは、知識人、僧侶、など。中国文化大革命同様、文化を破壊し、自国民を古い価値観者たちだということで、膨大な数の大虐殺するという、もうとんでもない蛮行が、毛沢東の「マオイズム」とともになり、中国、カンボジア、さらに南米繰り広げられた。


フランス革命もそうだが、「言葉は人を蛮行に誘う阿片」という側面があるのだ。この慎重さが必要な言葉を、これがわからない知ったかぶりの、跳ね上がったいい加減な大馬鹿者は今も昔たくさんいるのだ。最初はみな、優しい知識人ぶっている。ところがその言葉の危うさ危険さをしらず、使いまわす馬鹿者たち。この言葉の阿片を売ってるような馬鹿もいる。


酷いものである。


「空想より科学へ」とあたかも自らの妄想を社会科学だなどと宣伝し、科学の基礎論も一切無視して、共産主義という非科学的な主義の御用学者が身勝手に自らを科学的な論文などと称して、世界をを混乱させた。


これはフランス啓蒙思想の影響を受けた馬鹿j実存主義者サルトルなどフランス人も、「宗教は阿片だ」と同様に、彼らは言葉の宣伝マン同様に、キャッチコピーばかりの寝言を連発、とにかくそれまでの宗教的価値観より『、ヒューマニズム』などという言葉だけを持ち出し、共産主義との連帯を叫んだ。そして、大きな悲惨を世界各地にばらまいた。この事実も知らない愚かな利口ぶった馬鹿者はいまだにいるようだ。大笑いだ!!



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