アメリカ、コロンビア大学教授を経て、現名誉教授。
現在東京 北区の名誉区民だが、日本国籍を取る、すなわち日本人になるという。
彼の日本文学研究は源氏物語から始まって、三島由紀夫、安倍公房まで、日本文学の枠を広げている。
かれはもはや、日本人以上に日本の文化を見つめているのかもしれない。
先日、彼がNHKの「クローズアップ現代」という番組で、日本人になる現在の心境を語っていた。
かれが一番大切にしていることは、やはり日本人の『美意識』なのだな、と、そのとき思った。
ようするに、日本人は日本人が気が付かないいまだに残る日本人の美意識、日本人の社会性が彼の中にしみわたってきているのかもしれない。
彼は、作家高見順の日記を紹介し、そのなかの敗戦後の人々の整然と並ぶ日本人の姿を見つけ、彼はそこに打たれている。それは今回の大震災の中での日本人の行動に打たれているのだろう。
そして、かれは日本人になる。
そのTV番組で、源氏物語の美意識を言ってはいない。彼は東京、北区に家をもち、一年の半分を日本で暮らしているという。彼は北区の自宅周辺では、人情ある古き日本を感じさせる雰囲気が残っており、それが大好きなようである。日本で「いらっしゃいませ」と店では声をかけられるが、ニューヨークで、何も言わない店員には、ギョっとする、といって日本の生活を楽しんでいるようである。この街の人々の何気ない声掛けは、遠くギリシャ古典にある。町はそもそも、人々が寄り合って生きているところで、それは古代だろうが現代だろうが、人々のふれあいは人間の生活には本来欠かせない者なのであろう。それが単に金銭だけのビジネスライクな人々の生活のほうが、実は人間としては異常なのであろう。キーン博士はそこに日本人の美意識を感じているのだろう。
何かもったいぶって知ったかぶりの『理屈をこねる美意識』より、『日常の自分の中にある美意識』のほうが価値があるのだろう。もちろん、その『美意識』は、日々の中で、自分の中で、より磨かれてゆくのかもしれない。
そのキーン博士は、北区でか、とにかく、自分が道を尋ねられた、と喜んでいた。
それは町の一員と、日本人と認めてもらったような気がしたからなのだろうか。
(^-^)