先の東北の国道45号の踏査に際して、実に地元の方々にお世話になった。兎に角、通行不能な箇所が多すぎ、そのたびに、地元のかたに、道を教えて頂いた。確かに分かりにくさはあったが、確かに道はあった。彼らの知識がなければ、どうなったか分からない。

このように人になにがしかを教える時は、それが正しくなければならない。あやふやなら教えないほうが親切なのだ。いま、何を言っても許される時代、嘘を言ってはいけませんね。いい加減じゃ人を惑わすだけです。

嘘やデマで人を行動に走らせる、大衆扇動家という、目立ちたがり屋はいつの時代にも、表れます。これらの人種はもっともらしいことを言い、そして行動しない人間を非難し、行動するようにさせます。学生運動しかり、新興宗教活動しかり、j実は革命もそうなんですが。その他にも人に呼び掛け、行動を促す人々は必ずどの時代にもいます。そして、彼らは正義を語り、人をひきまわします。しかし、その結果は何時の時代も人間の悲惨な結果をそこにみることなるなです。


彼らは時に。無邪気に聞きかじった思想を口にします。


しかし、これほど危険なことはありません。哲学や思想なるものはそう簡単に、自分のものになるはずがないからです。だから付け焼刃のような思想などを無邪気に口にする人間は、愚かなのですが、自分のその愚かさに気づいていないのです。だから危険なのです。

一見、利口そうなことを言われても、行動しないことを恥じることは一切ありません。確かなものがなければ行動は危険に結びつくのです。

人間に欠けているのは、実はこの『確かな幸福への知』なのでしょう。

むやみやたらと『行動』する必要は絶対にないのです。これは確かなことです。みなさん、気をつけて!

(^-^)