古代ギリシャからの、一つの命題であることは言った。


これは前に言ったが、読む人が予備知識もなく、深入りして読むと消化不良を起こさせてしまう可能性があるので、再度書き直す。


ようするに、人間は幸福を求める。しかし、その選んだ幸福への道が、必ずしも幸福をもたらさない、ということだ。


すなわち、幸福への予見が甘かった、ということも大きいかもしれない。


しかし、しかし、人間が根本に抱える、人間の不完全性、この世の根本に抱える不完全性よる場合もあるだろう。



この世はそんなに甘くない、ということかもしれない。





今回の原発事故も、人々のエネルギー需要、とくに日本のような資源の乏しい国では、人々の豊かな生活を確保するために、善かれと選択したところはある。


人間の幸福とは何か、もう一度考える必要はあると思う。


ただ、『羹に懲りてなますを吹く』という、冷静さを欠いた議論は、これまたかえって不幸を呼ぶ可能性もそこにある。


ここは冷静に考えることが絶対必要だと思う。


私たちは人間の深い意味での『幸福』という視点を常に求めなければいけない。


ただ、幸福とは何か、皆は深く考えたことはあるのだろうか?





(^-^)



*「幸福」という言葉は、いろいろなものに利用されやすいことばだ。

昨今、この言葉を使った新興宗教もあるようだ。ただ、私はこのような言葉の使い方を好まない。


やはりよく学び、この幸福を言うものの再点検は、各自が必要とするところだろう。