私は、現代(平成)の政治家など、戦後の形式民主主義をなんら検討もせず、頭から信じ、そこを論拠にことを組み立てようという、ま、いい子ちゃん政治家ばかりが生まれているのだろう。
すなわち、議員一人ひとりが、自分の中に、時代を超えた原理、原則、知識、教養もろくにない、すなわち世界の歴史の中で自分たちの役割を十分理解していない、言ってみれば精神的子供の政治屋くん、はかりになっている。
自分で判断できない、判断できているようでも、じつに幼稚。こんな奴ばかりだ。
私は残念だが、今の政治家連中には全く興味がない。
さて、明治の指導者的人物には、じつに教養のある人物たちがいる。彼らに学ぶことが多いし、尊敬もしている。
いま、新渡戸稲造の『Bushido, The Soul of Japan』を英文でよんでいるが(新渡戸は日本文で「武士道」を書いているわけではない。岩波文庫などは彼が英文で書いたものを訳しているのだ)、彼の語学力にはもうすごい。英米人でもあれだけの文をかけるものはそう多くない。
私も彼の英語力に頭を下げながら、電子辞書片手に読んでいるのだ。
ま、今の政治家のレベルの低さには驚くばかりだが、そんな連中相手にせず。むしろ私は時代を超え、日本の先輩の優秀さの足跡をたどる楽しさをいま味わっている。
かつての日本人は本当に優秀だった。うらやましい。本当にうらやましい。無理は承知だが、少しでも彼らの精神の高さに近づきたいのだ!!
うん!!