最近の日本、日本すべてに低調だ。
日本はこれまで、優れたものを世界に示してきた。電化製品、自動車、多種工業製品。これらはみな日本を一級品、高性能と認められてきた。
そこには、日本の職人魂ともいえる、挑戦するこころ、完璧をはるか遠くに眺め、自らの技術では満足しない「まだまだです」という謙虚の姿あった。
ところが、大衆主義が一般化し、より完全な人間を求め努力する人間より、どこか間違えのある、愚かな人間を評価する傾向ががしっかり定着し始めた。これはTVなどのマスコミの視聴率競争が原因であることは言うまでもない。
立派な優秀な人間など少ないのが当たり前だ。しかし、この人たち対象にTV番組を作ったところで、視聴率を稼げない。だから、このいささか能力の落ちる人々が多くいるレベルに向けての番組作りが始まる。それでも視聴率を稼げなければ、このような大衆を、「よいしょ」する、ほめる、このような作業を加えることで、大衆をいい気分にさせ、そのうち、それが正しいのだ、ということになる。
すなわち『人間的=大衆的』これが正しいということになる。
しかし、本当は、人間業とは思えないものを作ったとしても、やはり人間が作ったので、やはり人間的で、本来ならこのような人減こそ高く強化されるべきなのだ。
いまは、馬鹿な『俗悪化、痴呆化、サル化』したものが登場する番組が高くひょかされる時代なのだ。それがあたかも人間的かのように、まさに威張っているのだ。
困った時代だ。
(^-^)