最近哲学の書がうれるということはいった。


しかし、哲学は宗教とはちがう。あくまでも、哲学は真理(本当のこと)追求だ。宗教は信仰(信じること)なのだ。


ここははっきりさえなければならない。


ところで、宗教本や哲学関係の書が売れているということは、やはり異常だ。


一般の民衆など,本来哲学など無縁な存在だ。既存の学問では知的に十分満足できない一部の人間が興味をもつジャンルだ。また、一般民衆は、これまでの既存の宗教で十分であり、日々の生活に求めて書をあさったり、祭りや葬式はなどは別に、自ら務めて宗教団体に積極的に参加することなどはあまりなかった。


シュペングラーは社会が没落期に入ると不安が社会に広まり、新興宗教など、宗教などに民衆の関心は移る。と言ってたような気がする。


崩壊期には、この人なら大丈夫という安心できるという有能なリーダーがいなく、民衆は無意識に安心できない不安を抱えることになるわけでありましょう。


そもそも、民衆は一人ひとりを見れば、優れた判断能力などほとんどない。そのほとんどない人間が、民主主義だといわれて、それぞれの判断をしなければならず、昨今では裁判所の裁判官にもならなくなっている。はたして民衆にそれらを押し付け判断できるとでも今の政治家は思っているのだろうか??また一方で自己責任だとか、日々の判断の失敗は自分が負わなければならず、人に頼れない。また結婚しても、昔の家族制度は崩壊し、家庭にもリーダーはいなくなり、みな個人個人が個々の判断を常に要求される。


こんな大変だ時代に民衆の精神は耐えられるのであろうか??


その反動で、一時に不安解消、気晴らしの幼稚でお粗末なナンセンス文化が街に蔓延し、それでも安心が得られないものは宗教関係に関心が向く。そこで待ってましたと現れるのが、インチキ宗教家など類の登場だ。

もうすでに、現実に日本の社会を不安に陥れた、新興宗教は存在し、みなの十分知るところとなっている。


遠く、政治はまつりごととして、人々の不安を取り除くものであった。


しかし、その政治家がお粗末で、とても民衆が安心できないとなったら、やはり新興宗教が暗躍しても全く不思議でない。


本j来政治は誰でもができるのではない。高度の知識、洞察力、問題処理能力を持った人間が当たるべきだ。


しかし、今の日本、インチキお粗末ナンセンスの文化花盛りの状態。民衆はそのインチキ文化に心が汚染され、政治家の本当の能力を見抜けない。一見かっこだけみせる演技、パフォーマンスに騙され、そんな実力のないパフォーマンスだけのインチキな勘違い政治家ばかりを当選させる。実際やらせれば何もできない無能な姿をさらすだけを見せつけられ、民衆はその被害を受けるだけ。


だから、民衆の生活はさらに不安定、不安の増大があり、人々は哲学書、宗教書を求めることになる。。。ってわけだ。


こまった時代だ!!