このような大震災を見聞きすると、これをどう理解したらよいのか、立ち止まってしまう。
真面目に一生懸命生きてきたひとが、あっというまに、いなくなる。
人間なんて、いくら利口そうにしたところど、あっという間に消えてしまう。人間の力など、大きな自然の前には、どうしようもない。宮澤賢治の『雨ニモマケズ』にあるように、ただ、おろおろしなければならない存在かもしれない。

もう台風が近づいているようだ。この台風だって、上陸でもすれば、どんな被害、悲劇があるかも分からない。
人間なんて根本的に大したものじゃない。
ちっぽけな存在なんだ。それを勘違いして何でも安全、何でも防げるなどと思うほうが、思いあがりかもしれない。月に人間がいったとしても、地震は到底防げない。せいぜい出来ることは逃げるくらいのこと。太刀打ちできない。

現代だって、昔と人間の運命なんて、わからないもの。第一、何でこの日本で、この時代に生まれたかもわからない。

大事な人を失った人の、苦しみ悲しみは…、

ま、人間、思い上がらないこと。

いつも思うが『明日あると思う心の仇桜、夜半に嵐の吹かぬものかは…』これ、人間と言うもののおかれた真実、食べたいだけ食べ、飲みたいだけ呑んでもこの状況は変わらない。油断するな、思いあがるな、ということかもしれない。
油断すれば取り返しのつかないこともある。原発事故などいい例だ。常に大切な時なのかもしれない。
人間である以上、今も昔も、私たちがこの運命の上にいることは変わらない。私たちはみなこのことを今もまた確認しなければならないと思う。