私のあばあちゃんは高校生のとき亡くなったのだが、明治生まれだった。
いまの若いおばあちゃんたちと比べると、かなり地味で、ただし今のおばあちゃんたちと比べると、かなり芯の強いものがあった。もちろん、明治生まれですので、信心深かったのを覚えている。
自分の母親になると、いささか小利口になって、地味というよりか、お芝居やおけいこ事が好きで、親爺が高熱をだしているのに、「どうしても見たい歌舞伎がある」といって、さっさと出かけてしまう人だった。「そんなことしてると地獄におちるかもよ」とお袋にいうと「そんなもの、死んでみないとわからない」と返す、元気なひとだった。数年前なくなったのだが、今、果たしてどうしているのか?悪いことはしない人だから、それほど心配はしていないが、祈るところは大だ。
その点、明治生まれのおばあちゃん。学校は小学校しか出ていないが、どこか落ち着いていた。また堅実で、どこか頼れるひとだった。また、戦時中、戦争協力のため、国が貴金属など国庫に供出を求めた際は、おじいさんと商売をし、せっせと働き、そして、結構もっていた貴金属を馬鹿正直にすべて国にさしだしたそうだ。お袋は「少しはそっと残しておけばいいのに・・みんなそうしているんだから・・」と言っていたが、おばあちゃんは一切残らず差し出したそうだ。そして、おじいさんの残した遺産をまもり、俺のお袋など子供たちにそれを残した。お袋はその多くを、これはおじいさん、おばあさんからの天からの贈り物だとして、海外旅行や、株の大失敗。かわいい孫の留学資金や孫の車などにほとんど使い果たしてしまったので、お袋からの私たちへの遺産はほんのわずかだった。おばあちゃんは、さて、これをどう思うか・・(笑)
さて、お袋は日本の高度成長期に多く生きた人だ。だから、比較的、お金に対して、我々の世代の人たちとにて、お金があると使ってしまうタイプで、いまの人たちとその行動様式がほとんど変わらなかった。しかし、いま、平成の不況、そして今回の東北関東大震災は、どこまで私たちの生活に影響するのか、いまはまだわからないが、大変な大災害で、そんなにのんきにはできない状況かもしれない。むしろ、明治生まれの人たちのようにせっせと働き、生活はいささか地味に、という形に変えなければならないかもしれない。
未来は今の私たちにかかっている。さて我々はそれに答えなければならない。