昨年、仕事で仙台まで車で行った。まず、人に会うため、利府町まで仙台の海岸に走る高速道を通った。晴天の青空を海岸を遠くに見ながら走るのは爽快だった。利府町には立派な体育館があった。さて、あの海岸は…。あの体育館はご遺体の場に。宿は松島にとり、海岸沿いに塩竃を通り、七ヶ浜町の海岸で休憩もした。そして多賀城市を通り仙台に入った。
そこは皆、大津波で壊滅的に破壊された地だ。親切に道を教えてくれたタクシーの運転手さんはどうしているだろう。海岸で遊んでいたあの地元の子供たちは無事だったのだろうか。

いまから30年位前 福島の松川と言う所にちょっとしたクラブの合宿に行った。正にあの福島第一原発のすぐ脇を通った。大きな建物だった。クラブの一人が相馬の出の人で、「このあたりの人は原発の補償金でウハウハだよ」と言っていた。そのウハウハだった人たちは、今どうしているのだろう。

しかし、何故かいま俺は感情が動かない。3万人に近づく人が亡くなっているのに。何故だろうと、ふと思った。

思えば当然なんだ。今現在も、大震災は続いているのだ。いまも福島の原発はおとなしくなっていない。むしろ収拾の見通しすらない。予断を許さない状態だ。色々な思いにふける余裕すら、本来無いのだ。時に、こう言う時は、無知で馬鹿な奴らの無邪気な呑気さが、羨ましい。


もうこんな大震災は懲り懲りだ。

(^-^)