昔、医学部へ行こうか考えた時があった。医者になろうと思ったわけではない。高校生のとき、自分がいま考えている意識、精神はどう発生してるか、なんて、とてつもないことを考えていた。実際その方面の研究をして、悪戦苦闘している学者もいま現実いるようだ。しかし、多少現在の科学の方法論も知るようになり、今の方法論では私の結論からは無理ではなかろか…と思う。ただ、あのレオナルド・ダ・ビンチが人体解剖したときのスケッチ図の本物を見たとき、彼も精神を懸命に探していたのが分かる。面白いことに男女が性交時の断面図もあった。それも男の生気が女に移るように考えているふしがあった。それはともかくも彼の旺盛な探究力には驚かされた。ただ今でも医学部ではご遺体の解剖で学生たちが人体の構造を学んでいる。すべての学生が真剣にやらす、中には、何を学ぶかも考えず、単位を取るため、ご遺体をただ言われた通りにまるでただ壊せばいいと思っているかのような学生もいるようで、最近の学生の心の質の悪さを嘆く解剖学教授の文章を読んだことがある。それは嘘ではないだろう。医学部の解剖実習のご遺体は献体と言われ、医学のためにと自らのご意志からのもの。その心も分からぬ、何が大事かも分からぬ人間が増えているのも分かるような気がする。
私がもし、医学生ならそのご意志に報いるように、しっかりそのご遺体から学ばせて貰うのにと、つい思ってしまう。今でも脳の構造には興味がある。もちろん脳だけで精神が決まるとは限らないとは思うが…
やがて、人間は誰もか死ぬ。ただその精神、魂はどこにゆくのか、人それぞれ異なる思いがあるとはおもうが…
(^-^)
私がもし、医学生ならそのご意志に報いるように、しっかりそのご遺体から学ばせて貰うのにと、つい思ってしまう。今でも脳の構造には興味がある。もちろん脳だけで精神が決まるとは限らないとは思うが…
やがて、人間は誰もか死ぬ。ただその精神、魂はどこにゆくのか、人それぞれ異なる思いがあるとはおもうが…
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