いつの時代も『偽善者』なるものはいて、強く世間から批判されている。善人に成りきれない弱い人間の悲しみがある。
ところが、『偽悪者』というものがいつの時代もいる。自分を悪ぶることで他人を威圧して、ちっとは大物気分に浸る。場末の飲み屋へ行けば、自分の『悪自慢』を並べ、いい気分になってるヨッバライは日常のこと…
しかし、悪を標榜するものも、深い内面では実は劣等感や挫折に満ち満ちている場合も多い。追い詰められ自分保つ為には悪に成らざるを得ない場合もあるかもしれない。悲しいことだ。
ただここで『悪とは何か』と問われると、意外に困る。安っぽいお利口さんは『反社会的なこと』と言うかもしれない。しかし、それは警察に任せば良いようなもので、それではなにか物足りない。『悪』とはそんな安直なものではなあかもしれない。人間だれしもが内在している『悪』が有るかもしれない。人間には自分でも気が付かぬ『悪』が有るかもしれない。
古代の哲学者で『肉体が悪だ』と言っているひとがいる。肉体は色々なものを要求する。それによって人の争いが起き、戦争までする、と言う。そうかもしれない。
そうせざるを得ない人間の悲しみもあるかもしれない。この世に生きる意味もまた考えなければならないかもしれない。
もちろん、ここでは『悪ぶって』ちっとは大きな気持ちになるひと『偽悪者』など、どこかて、まだのどかでどこか可愛いのかもしれない。ただ人間の根本の悪で世界中の人々がとてつもない悲劇と悲惨さ、そして不幸の連鎖の繰り返しに成らぬよう、気を付けなければならない。
(^-^)
ところが、『偽悪者』というものがいつの時代もいる。自分を悪ぶることで他人を威圧して、ちっとは大物気分に浸る。場末の飲み屋へ行けば、自分の『悪自慢』を並べ、いい気分になってるヨッバライは日常のこと…
しかし、悪を標榜するものも、深い内面では実は劣等感や挫折に満ち満ちている場合も多い。追い詰められ自分保つ為には悪に成らざるを得ない場合もあるかもしれない。悲しいことだ。
ただここで『悪とは何か』と問われると、意外に困る。安っぽいお利口さんは『反社会的なこと』と言うかもしれない。しかし、それは警察に任せば良いようなもので、それではなにか物足りない。『悪』とはそんな安直なものではなあかもしれない。人間だれしもが内在している『悪』が有るかもしれない。人間には自分でも気が付かぬ『悪』が有るかもしれない。
古代の哲学者で『肉体が悪だ』と言っているひとがいる。肉体は色々なものを要求する。それによって人の争いが起き、戦争までする、と言う。そうかもしれない。
そうせざるを得ない人間の悲しみもあるかもしれない。この世に生きる意味もまた考えなければならないかもしれない。
もちろん、ここでは『悪ぶって』ちっとは大きな気持ちになるひと『偽悪者』など、どこかて、まだのどかでどこか可愛いのかもしれない。ただ人間の根本の悪で世界中の人々がとてつもない悲劇と悲惨さ、そして不幸の連鎖の繰り返しに成らぬよう、気を付けなければならない。
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