みな僅かでちっちゃな自分の経験で、それですべてだと勘違いし、お粗末な自己満足で満ち足り、そしていろいろと妄想、想像する。しかし、エロースは欠乏、不足があるから求めるのだ。渇望に近い面があり、時に自分のすべてを捧げるような自己犠牲すらもそこにあることがエロースなのだ。もっと純粋なのだが、すましたり、お行儀のよいものではないのだ。
一方世界の経験知はそんな僅かでお粗末なものだけではない。正に知性の見えないエロース(愛)と言うものすらあり、それに気が付かず、知らずに人生を終える者も実に多いのだろう。本来もっているエロースを勘違いして使ってしまって、本当のエロースすら勘違いしているものも物凄く多いはずた。エロース(愛)は多くの者が思っている単なる欲望ではないのである!もちろん、分からないだろうが…

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※エロース(愛)は当然肉体的なものではない